第11話 王都からの使者
ブラックガーディアンが消えてから三日後。
アストラ村の森は、少しずつ元の静けさを取り戻していた。
暴走していた魔物は減り、村人たちもようやく安心した表情を見せている。
ギルドからの依頼も正式に完了となった。
報酬として受け取った金貨五枚は、レインにとって大金だった。
追放された時にもらった金と合わせれば、しばらく生活に困ることはない。
それでも。
レインの気持ちは落ち着かなかった。
宿屋の部屋。
机の上には《始原の魔導書》が置かれている。
黒鎧の魔物から流れ込んだ記憶。
燃える都市。
崩れていく古代文明。
そして。
『魔王、再び目覚める』
あの言葉が頭から離れなかった。
「考えすぎても仕方ないんだけどな」
ページをめくる。
魔導書には、まだ読めない部分が多かった。
読める文字は増えた。
けれど、肝心なところほど霞がかかったように理解できない。
まるで今のレインには、まだ早いと言われているようだった。
コンコン。
扉がノックされる。
「レイン、いるか?」
リリアの声だった。
「いるよ」
扉を開けると、リリアは少し不思議そうな顔をしていた。
「村の入口に変な馬車が来てる」
「変な馬車?」
「王都の紋章がついてる」
レインは眉をひそめた。
王都。
その言葉を聞くだけで、少し胸が重くなる。
「ギルドの人かな」
「さあな。でも、村長が呼んでる」
二人は宿を出て村の入口へ向かった。
⸻
村の広場には、見慣れない黒い馬車が停まっていた。
馬車の扉には、金色の王冠を模した紋章が刻まれている。
その前には、黒いローブを着た男が立っていた。
年齢は三十代くらい。
整った服装。
背筋の伸びた立ち姿。
ただの使者ではないことが分かる。
村長がレインたちを見つけると、ほっとしたように手を上げた。
「レイン君、こちらだ」
近づくと、黒ローブの男が静かに頭を下げた。
「初めまして。私は王都魔術研究院の調査官、ノア・ベルクと申します」
「魔術研究院?」
レインは聞き返す。
王都にある、魔法や古代遺跡を研究している機関だ。
普通の冒険者にはほとんど関わりがない。
「アストラ村付近で発生した強力な魔力反応について、調査に参りました」
ノアは穏やかな口調だった。
しかし、その目はレインをじっと見ている。
まるで何かを確かめているように。
「先日の森の異変について、お話を伺えますか」
リリアが一歩前に出る。
「ギルドに報告した通りだ。森の奥で魔力の結晶を見つけて、魔物を倒した」
「それだけですか?」
ノアの視線がレインに向く。
空気が少し張りつめた。
レインは迷った。
古代魔法のこと。
魔導書のこと。
言うべきなのか。
だが、リリアがさりげなく横から腕を軽く触れる。
言わなくていい。
そう言われた気がした。
「……それだけです」
レインは答えた。
ノアは少しだけ目を細めた。
「そうですか」
その返事は穏やかだった。
しかし、信じているようには見えない。
「では、最後に一つだけ」
ノアは懐から小さな水晶を取り出した。
透明な水晶。
中には淡い光が揺れている。
「こちらに手をかざしていただけますか」
「何ですか、それ」
「魔力の性質を確認するための道具です。危険はありません」
レインは水晶を見つめる。
嫌な予感がした。
だが断れば余計に怪しまれる。
「分かりました」
ゆっくり手をかざす。
その瞬間。
水晶が青白く光った。
最初は小さな光だった。
だが次第に強くなる。
そして。
パキッ。
水晶に亀裂が入った。
「……」
ノアの表情が初めて変わった。
驚き。
そして。
確信したような目。
水晶は光を放ちながら、粉々に砕け散った。
広場に静寂が落ちる。
村人たちがざわめく。
レインは手を引いた。
「すみません」
思わず謝る。
だがノアは首を振った。
「いえ」
低い声だった。
「やはり、あなたでしたか」
レインの背筋が冷える。
「何のことですか」
ノアは少しだけ笑った。
「王都へ来ていただきます」
その言葉は、お願いではなかった。
命令に近い響きを持っていた。
第12話 王都への招待 へ続く。




