誓約という意気込み
近づけば爪を閃かせ、離れては光の矢を放つ。ロメとネリネという常人離れした二人を相手にしてもなお、中型飛竜は余裕の立ち振る舞いを見せた。他の者は――セテも、リアネスも、ティックでさえも――この神獣相手の戦闘に割って入ることができず、実に数十合もの間、ただ遠巻きに眺めているばかりである。
「ふ、ふふ。今にお前たちも、飛竜の餌にしてくれるぞ。」
生身の人間が、飛竜に立ち向かえるはずが無い。飛竜の戦いぶりに気を良くしたエルドーもまた、拳を握って観戦に夢中になっていた。
「ロメ、今。」
「はい!」
合図があったのは、ネリネが飛竜の爪を掻い潜り、その顔面へ向かって跳躍した瞬間だった。短剣を振りかぶったネリネに、飛竜は反射的に眼球を守ろうと目を閉じ、顔を背ける。その隙に、ロメは飛竜の背を蹴って、影に隠れていたエルドーのすぐ横へと降り立った。
「へ?」
「指示を、誤りましたね。」
身を退こうとするエルドーの足が半歩下がる間に、ロメはその背後に回り込んで首元に短剣を当てている。
「あなたは、自分を守ることを最優先で伝えるべきでした。あの飛竜があなたを背に乗せて、急降下を繰り返すような戦い方をしていたらと思うと……背筋が凍りますよ。」
ロメは深く息を吐いて、冷たく笑った。ネリネの執拗な眼球への攻撃を振り払った飛竜が、ようやく視線を向けてくる。
「おっと、動かないでください。あなたの誓約した相手が死にますから。」
ぐい、と盾のように差し出されたエルドーの体に、飛竜はやれやれと翼を畳んだ。
『助けてやってくれ、といったら?』
「相応の対価を、いただきましょう。」
飛竜は軽く鳴いて、上空を旋回していた小型の飛竜たちを呼び戻した。それを観たシェマーニが、小隊に再び退却を命じる。
「もう、目撃者を消さなくても良いのですか?」
『誓約の宝寿は、全霊を掛ける衝動を喚起するものであって、結果を保証するものでは無いのだ。力が及ばぬからといって、誓いに背いたことにはならぬよ。』
「おい、話が違うぞ!宝寿を使った命令は、必ず果たすと言っていたでは無いか。」
『そうすれば貴殿の首が飛ぶぞ、エルドー。我ら飛竜が、それを汲まぬほど愚かに見えるか。それに必ずというのは気合いの話でな。宝寿から解放された魔力は、我らの力を爆発的に高めるようなものでも無い。果たせぬと判れば、衝動は消えゆく…』
ゆっくりとした瞬きと共に、飛竜の瞳に友好的な丸みが戻ってくる。
『さて、我が友の命に値を付けるが良い。』
ロメが、ネリネが、イルアンに視線を送った。リアネスが駆け寄って来て、水晶工に耳打ちをする。
「ここでエルドーを逃したら、また同じことの繰り返しになっちゃうわ。」
「判っている。本来は、俺たちだけで決められることじゃ無い。」
イルアンは顎に手を置いて数拍思考すると、ポンと手を打って言った。
「そうだ…誓約の宝寿。あれを貰うというのはどうだろう。」
「さっきの体たらくを見ていると、そんなに頼れるものか心配なんだけど。」
苦笑したセテに、飛竜が不機嫌そうに鼻を鳴らした。
『殺したくない相手を、殺させることすらできる、恐ろしい珠ぞ。我が意に逆らうことでも、従わせることができる。』
「俺たちが宝珠を使って、エルドーを害させることは?」
『可能だ。だが、その命を果たした後は、地獄を見ると心得ておくが良い。』
「なるほど、良く判った。」
イルアンは全員の顔を見回して、異論が出てこないことを確かめた。
「宝珠を貰うと同時に、エルドーを解放しよう。ただし、この大陸に居場所があるとは思わないことだ。中央大陸に戻り、俺たちの召喚を待ってくれ。」
『従おう。』
飛竜は、口元に前足をあてがうと、淡く輝く珠をどろりと吐き出してイルアンの前に差し出した。
『誓約の宝珠は、一つしか体外に存在できぬ。つまり、貴殿がこれを割るまで、我は新たな宝珠は生み出せぬということだ。』
「…もう少し幻想的に生み出されるものだと思ってたよ。」
『鱗よりも、こちらの方が力を込めやすいのだ。』
イルアンは笑って、人質の解放を宣言した。
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黄金の飛竜は、エルドーを載せて東の空に消えた。残された小型の飛竜は、互いに不安そうな鳴き声を交わしたと思うと、西の山中へと紛れて行ってしまう。
「しかし、誓約の宝珠を人質解放の条件としてしまうとは…良く思いつくものですね。まるで、レミアスを見ているようでした。」
ロメの賞賛に、セテは肩をすくめて言った。
「それ、買い被りよ。見てごらんなさい。」
二人が視線を向けると、イルアンはそれに気づく様子もなく、ぶつぶつと独り言を言いながら宝珠を観察している。
「吐いたということは、本質は飛竜の痰か?だとしたら、確かに鱗より血が濃く練り込まれているか。あ、これ、割らずに活性化したら、どうなるんだ?ああ、早く工房に持って帰りたい…!!」
日にかざしたり、逆に暗がりに入れてみたり。目まぐるしく動く水晶工に、ロメはきょとんと目を丸くした。
「ね、わかった?あれ、宝珠とか言ってるけど、石みたいなものでしょう。もっともらしい理由を付けてるけど、イルアンは単純に手に取ってみたかっただけなのよ。」
「え、ええ。」
無邪気にはしゃぐ青年を見ると、セテの言うことが正しいのはわかる。わかるが、だとしたら。
「惜しい男だと、思うかい?」
背後から掛かったシェマーニの声に、ロメは思わず頷いた。
「あいつは、魔水晶工以外の何者にもなる気は無いよ。王国に引き抜くのは、諦めるんだな。」
「彼なら、あるいは英雄の負荷を軽くしてくれるかと思ったのですが。」
「あいつの好奇心を抑えられるなら、まずは鉱山都市の建て直しに協力させるところさ。」
だが、イルアンは故郷に留まってはくれないだろう。シェマーニには、もう判っている。
(奴は、世界の広さを知ってしまった。俺と同じように。)
恐ろしい魔女に、伝説の飛竜に、大水晶…もう、町で水晶を叩くだけの日々には戻れまい。シェマーニはぼんやりとした寂寞と共に、既にイルアンの旅立ちを確信していた。




