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十三の陸と一つの海 ~竜脈争奪戦を終わらせた英雄たちの旅について~  作者: 十方歩
第二章 第十二大陸編 下・地下迷宮の死闘
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懐かしい顔

 なんだ、こいつらは。

 突然現れて飛竜に跨ったのは、いつか見た白髪の戦士である――そこまでは、まだ判る。だが、動きの鈍った飛竜を恐れるでもなく近づいたのは、柔和な雰囲気の金髪だ――そいつが何やら耳打ちすると、飛竜はあっけなく翼を畳んでしまった。

 目線をもう一体の飛竜に向ければ、幼さの残る少女が意思疎通できているかのように飛竜の鳴き真似をしている。


「茶髪に、青い瞳…そうか、貴様が例の娘か。」


 これまで集めた情報の中に、確かそんな話があった。中央大陸を発った、大水晶の危機を知らせる使者。


「まさか、飛竜の言葉を操れるとはな。大飛竜を手懐けていただけのことはある。」


 大飛竜(エマーヴァ)とは、話したこと無いけどね。そう思いつつ、リアネスは黙って微笑んでおく。言わなくても良いことは、言わない方が良い。

 おとなしくなった飛竜を飛び降りたロメは、そのままエルドーの元へと歩み寄った。


「三都市連合総司令、エルドー殿とお見受けします。貴殿の正体は、近く大陸中に知れ渡ることになるでしょう。もはや、大水晶への竜脈を捻じ曲げることは叶いません。投降をお勧めしますが、いかがでしょうか。」

「はん!俺が繋がれるのは、王国の地下牢か!?」


 ロメが片眉を上げたのを肯定と捉えて、エルドーは大きくため息を吐いた。


「貴殿、白の森で対峙していた()()()()だな。かようなつわもの、そうそう居てもらっては計算が成り立たぬ。」


 エルドーは翻ってリアネスに向き直ると、目を細めて眼光を突き刺した。


「中央領域の犬め。いずれお前たちも気づくだろう。犬は、犬に過ぎん。辺境が死に、周辺大陸が死ぬ。そしてその次に切り捨てられるのは、お前たちよ!」

「周辺大陸は死なないわよ、私たちが守ったのだもの。」

「ふ、おめでたい奴だ。」


 そう言って、エルドーは懐に手を入れた。リアネスの前に身を投げ出して庇いに入ったネリネを気にも留めず、エルドーは取り出した球状の何かを地面に投げつけて割った。キィィンと、力の解放される音が響き、その場の全員が肩をすくめる。飛竜たちが天に叫びを上げ、ティックは体が芯から熱くなるような感覚に包まれた。


「すげぇ量の魔力だ!奴め、これを取り込んで何かしようってのか!?」


 エルドーは軽く目を見開いたが、すぐに険しい表情に戻ってティックを嗜めた。


「騒ぐな、邪な(けだもの)め。これは、もっと高尚なものを呼び出すためのものよ。」

「よ、邪だとぉ!?おいらこそは大精…!」

「ティック、すまん!」


 イルアンがティックの口を覆ったのは、話がややこしくなるのを避けるためだけでは無い。


「何か、来るぞ。」


 遥か南方の空から、物凄い速度で魔力の塊が近づいてくる。それは地中の竜脈を騒がせ、まだ何も見えていない中空に飛竜たちの視線を釘付けにした。

 最初にそれを認めて息を呑んだのは、リアネスであった。


「飛竜だわ!金色の…!」


 見る見るうちに大きくなったそれはエルドーの直上に飛来して留まると、悠然と人間たちを見下ろしながら降下を始めた。


「中型、かしら。十分に化け物だって、マイキーおじさんが言ってた。」


 リアネスの耳打ちに頷いていると、飛竜がグラァと鳴いた。


「なんて、言ってる?」

「ちょっと驚きというか、『お前たちだったのか!?』みたいな感じ。これ、合ってるのかな。」


 困惑するリアネスをよそに、イルアンはそのやり取りから確信を得た。


「間違いない、テンナムで力を吸われていた飛竜だ。俺とロメで、魔法陣から解き放った。」

「おいらも居たぜ!」

「ああ。一緒に魔法陣の餌になっていたけどな。」


 飛竜はずしんと音を立てて、ちょうどエルドーを背に庇う位置に降りた。


「リアネス、会話できるか?」

「え、ええ。やってみる。」


 リアネスが一歩進み出たところで、キン、と音が鳴る。打ち落とした毒針を拾い上げたネリネが、飛竜の陰から覗くエルドーの顔を睨みつけた。


「邪魔、しない。」

「…ちっ。」


 リアネスは飛竜を見上げて、恐る恐る鳴き声を上げた。


『偉大なる竜よ。あなたは、私たちの敵なの?』


 飛竜は大きく翼を広げると、天高く叫びを上げた。リアネスはそれをじっくり聞き込んで、人語へと意訳する。


『我が友エルドーは、誓約の宝珠を割った。それゆえ、我は彼の者の命に従わねばならぬ。』


 眉根を寄せたロメが、思わず咎めるように飛竜を仰ぎ見た。


「友、ですか。あれだけ傷つけられてなお、エルドーを憎まぬとは。なんと慈悲深い。」


 飛竜がロメを見つめ返して、小さく鳴いた。それを追いかけて、リアネスの沈んだ声が響く。


『自ら望んだこと。人の欲深さを見誤った我にこそ、あの状況の責はある。』

「…なるほど、こちらの言葉は通じているのですね。もしかしなくとも、我々より思考力が高いのでしょう。」


 舌を巻いて後ずさったロメの肩を、後ろからセテが軽く支えてやる。


「相手の理解力に合わせて、敢えて人語を使う魔鯨なんかもいるんですって。」

「…世界は広いものです。」


 セテは敢えて飛竜に聞こえるように言った。


「誓約の宝珠という名称から察するに、おそらく特定の相手を呼び出して、使役するような代物なんでしょうね。」

『然り。この珠は誓いの証として、我ら飛竜が授けるもの。こうしなければ人は我らを恐れ、やがて裏切りに至る故。』

「エルドーは、どんな命令を?」


 飛竜は、イルアンたちにも判るほどに悲しげな声を上げた。


『目撃者を、消せと。』

「あら、素敵ね。」


 すると、一度はおとなしく翼を畳んでいた小型の飛竜たちが飛び立ち、先ほど坂を下って行ったシェマーニの部下たちを瞬く間に追い立て、連れ戻して来てしまった。


「…おい、その場で消せばいいものを、敢えて一纏めにしやがったな。これは一体、どういう了見なんだ。」


 怪訝そうなシェマーニに、飛竜は自嘲するかのように小さく鼻を鳴らした。リアネスが、意図を確かめて翻訳する。


『誓約に従い、我は目撃者を消す。だが、貴殿らには恩もある故…今後ここで見たものを口外せぬと誓うなら、我が盟約の外ともできよう。』

「そりゃまあ、ずいぶんと慈悲深いが…そんなことが出来るのか?。」

『見なかったことにする、という言い回しがあるではないか。そちらが見なかったことになるなら、こちらとしても目撃者はいなかったことになる。』


 背後からエルドーが抗議の声を上げたが、黄金竜はジロリと視線を向けてそれを黙らせてしまう。


『どうだろうか?』


 重苦しい空気の中で視線が集まったのは、シェマーニだった。


「……それは、出来ない相談だな。ここで起きたことを公表しないと、エルドーはいずれ再起して大水晶を脅かすだろう。」

『そうか。貴殿らは、我らの出自まで知っているのだな。』


 飛竜は頷くと、朝陽を翼に集めて輝かせた。


『残念だ。あるいは良き友人となれたかも知れぬというのに。』


 優しさに溢れていた瞳が、瞬きを一つ跨ぐうちに縦長の敵意に切り替わった。

 反射的に飛び退ったイルアンと入れ替わるようにネリネとロメが前進し、リアネスがゆっくりと飛竜の側を離れる。飛竜はまるでこちらの体制が整うのを待つかのように全身に力を溜め込み、やがて天高く開戦の咆哮を上げた。それはもはや、人語で解釈する必要の無いものであった。

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