EPISODE54 ヴィアナルスてい
バーチャル・リアリティを見終わった後、三人は取りあえず口を押え、簡易トイレに頭を突っ込み、吐き戻した。無駄に鮮明で目の前にあるかのような錯覚に陥る視界、発汗の兆しすら見えてくるような活き活きとした登場人物、脳を乳房のように揺さぶる低いナレーション。それらすべてが合わさった総合芸術のような情報の暴力に、酔ったのだ。
「すっごいリアルだった…。おええ、ナタスの砦の死体思い出した…。イケメンの前だろうとこれは吐くわ」
「ウチもう見たくないよ~!」
「………」
口を漱ぐ水を受けとり、メヴァーエルとレラーはぺっぺと口を洗うと、すぐにマルクの所に駆け寄っていった。聞きたくもないが、和気藹々とした声が聞こえてくる。頭が痛い。
カリエラの行動の無茶苦茶な無統制な部分の、或いは自分達が学生だった頃に知る事の出来なかった、いわば『余白』を、綺麗に埋められた気分だった。
もしカリエラが本当に人を殺していたのなら、今までのめちゃくちゃな行動の、何もかもが上手く納得できる気がする。人を殺しているから、自分の都合しか考えないし、危ない所にぽいと放り込む事も出来る。人の命を奪っているから、恐怖を想像できないのだ。それに、異常にネツァクに怨まれていた理由も理解できる。
ペラッカの頭の中で、今までにないくらいに急速に、心の虚ろに浮かんだピースが嵌って行った。ぐるぐるとルービックキューブのように、ゴーグルで見せられた風景がいくつもいくつも完成して行って、その中の殆どのシーンに自分は立ち会っていない筈なのに。
真白になった死体の血を被って佇んでいた幼いカリエラが、頭から離れない。
「ペラッカ、具合悪いかい?」
にっこりと微笑むマルクは、それでも泣いている様に見えた。あんな壮絶な死体を、彼は見たのだろうか。
友が最愛の姉を殺す場を、見たのだろうか。殺した場を、見たのだろうか。だからこそ、あんな映像が作れたのか。
「………。そりゃね、死体なんて、どっかの誰かさんと違って慣れてないから」
「それはいい。君が優しい証拠だ」
「………」
「君は『あの女が悪い証拠を』と言ったね。でもそんなものはないんだ。あいつは『罪人』だから、優しい人間が安全に暮らすために裁かなければならない。でもあの女だけ悪い訳じゃない。ヴィアナルスは、今でもあの女が悔い改めて謝罪する事を待っているし―――出来る事なら、その贖罪のチャンスを提供してやりたいと思っている。その為には君の協力が一番必要なんだ、ペラッカ」
「………?」
「もうすぐオレ達の都に着く。そこのヴィアナルス邸が作戦拠点だ。詳しい話はそこで、彼女達と一緒にしよう」
見てごらん、とマルクが荷台の更に前の方へ案内し、運転席の向こうの世界を見せた。
罪も過ちも何もないかのような、真っ白な白銀世界が、ちらちらと美しい飛沫をあげ、ペラッカ達を抱擁していた。
そこは、名を義勇都市ヴィアナルスと言うらしい。バーチャル・リアリティでは村だったが、今では急速に栄え、一個大隊程の戦力と、補給兵や衛生兵は更にその倍はいるという。正直どれくらい凄いのか全く分からない。ただ、カリエラは、ヴィアナルスは町だと言っていた気がする。カリエラの情報が古くなるくらい、急速に発展したのだろうか。この都市には、ナタスの砦よりは露骨でないものの、確かに至る所に武器の気配がしていた。雪を被ったその下から、銃の気配がする。無機物の気配って何だろう、と、自分でも思ったが、直感がそう告げているのだから多分そうなのだ。
自分も春に比べたら、随分と変わったものだ。
「お帰りなさいませ、マルク様」
「うわ、凄い、懐かしい」
雪で霞むほどの大きな屋敷で、マルクがドアを少し開けると、内側にいたらしい兵士―――基使用人がドアを開けた。使用人たちが一列に並んで出迎えるその姿を見て、メヴァーエルがホッとしたように呟く。そうだ、こいつこんなんだけど、ミカエリ家の人間だった。この国始まって以来、この一族からしか法王は出ないと言われているほどの、ミカエリ家の人間だったのだ。
「マルク様、それからニタ殿が先程いらっしゃいまして、今回の作戦についてとのことでしたので、応接室に御通ししました。武器はこちらに」
「分かった。今から彼女達と行くから、お前もそれを持って来てくれ」
「よしなに」
どこかで聞いた名前だ。どこだっけ、と、ペラッカは空中を眺めるが、それよりも早く、マルクが少し早く歩き出してしまった。誰ですか、と聞いても良いのだろうが、使用人たちの射抜くを通り越して仕留めるような目線が怖くて、何も言えない。マルクは止まらずに真っ直ぐ歩き、階段を一度昇って、特に大きい訳でもない、どちらかというと粗末な扉を開けた。
中には、やはりどこかで見た事のある顔の、中年の男が座っていた。マルクに気が付くと、ぱっと立ち上がって、敬礼する。
「お帰りなさい、大将」
「良い、楽にしろ。聖女一行だ。今回の作戦に重要な役割をしてくれる」
ぴっと敬礼した腕を太腿に添え、男はゆっくりとペラッカ達を見た。三人の顔を視認して、深々と頭を下げる。
「娘が迷惑をかけて申し訳ない」
「え、だれ~?」
「私の名前はニタ・アンモナ。君たちをこんな戦いに巻き込んだ、カリエラ・アンモナは、私の娘だ」
ふぁ?
三人から変な声が出た。面目ない、と、男―――ニタがもう一度頭を下げる。マルクはそれを意に介さず、ふかふかの重たそうな暖かそうなソファを使用人に引かせ、自分はそれとは別の一等上等そうな大きな一人用のソファに腰掛ける。視線が、座れ、と言っていたので、ペラッカ、レラー、メヴァーエルの順に座った。
「さて、これからこの作戦―――カリエラ奪還作戦について、概要を説明する」
マルクが手をあげると、使用人が地図を持って来て、テーブルに広げた。
概要はこうだ。
そもそも、ヴィアナルス会がカリエラを殺そうとしているのは、間違いである。ヴィアナルス会としては、確かにマルクの姉マルタッタの事もあり、カリエラの存在が疎ましい人間は存在する。しかしヴィアナルス会は武力組織であり、そして隷属させたアイン人が、搾取に対して革命するというこの計画に置いて、カリエラの能力は寧ろ味方につけたい。大将の意思はそうであって、末端の兵士の恨みは全く大義に関係ない、と、マルクは強く何度も主張した。と言っても、ペラッカはゼブルビューブやシルファーのことを忘れていない。言い出せなかったが、眼で信用成らんと訴えたが、レラーとメヴァーエルは隣で、こんなイケメンが仲間になるなんて、と、燥ぎながら地図を―――というより、マルクを見つめていた。
もうやだ、こんな奴らを護衛として傍に置くなんて。なんでこいつらはこう…こう…!
閑話休題。
カリエラを教会が奪還したあのタイミング、つまりペラッカがイシュとイシャにカリエラが連れて行かれたあのシーンは、カリエラの離脱症状を抑え込んでいた所を、拷問していると勘違いしたのだ、と、マルクは説明した。メヴァーエルは現場の確認を求められ、そう言えばそうだったかも、と、メヴァーエルは眼をとろんとさせながら答えた。カリエラの離脱症状―――「カマエル」の力の正体を、マルクはこう説明した。
「あれは、フェンサイクリジンによる精神錯乱だ」
「ペンシルサイクルレジン?」
「レラー黙って」
「フェンサイクリジン。通称エンジェルダスト。嘗て―――文明時代は「天使の鱗粉」と呼ばれ、悪の組織の資金源になった、覚せい剤の一種だ。まあ、あの女は要するにポン中だな」
ハッとペラッカは息を飲む。
―――カリエラ、もう止めるのよ! それ以上やったら死んじゃう!
―――うっせぇ! ×××なんか一人残らず殴り殺してやらぁ!!
あの時、カリエラは早口で、聞きなれない言葉を言ったのだ。何といったか―――そう、確かにそう言っていた。『ポンちゅう』と。
「ぽんちゅーって何~?」
「ああ、悪い。昔の言葉で中毒者のことだ」
それを聞くと、ニタは顔をしかめた。不愉快そうだが、マルクは続けた。
「天使だの悪魔だの、そんなファンタジックな御伽噺じゃない。正真正銘の、違法薬物―――要するに悪行によるドーピングだ。それも、とびっきり質の悪い奴だ」
「でもでも、それを使ったり沈めたりするときに、呪文みたいなやつやってた」
「そりゃ恐らくブラフだ。フェンサイクリジンは注射するのが一番手っ取り早い。天使の御業が注射でコントロールされてるなんて思われたら、せっかくの天使の神性が損なわれるからな」
「…そう言えば、サデュソンでカリエラがなんかブチギレてた」
ペラッカがそう言うと、ふんとマルクは鼻で笑った。
「大方、目の前のご馳走を目にして気が昂ったんだろ。人の事言えない、自分もポン中のくせにな。…まあいい、それで、具体的な作戦なんだが…」
恐らくカリエラは、中央教会の中に、軍事的な切り札として幽閉されている。中毒による錯乱状態は、いつだったかサンダルフォナが言った通り、二十四時間で収まる。しかし実際に戦闘状態でいられるのはそれよりも遥かに短く、四時間から六時間。つまり、それだけの間は何をしても止まらないが、それ以降であれば徐々に狂乱状態は落ち着いていくので、保護する機会は増える。フェンサイクリジン―――エンジェルダストは、続けて投与すると使用者を廃人にしてしまう。そうならないために、教会はより効率的に、より長くカリエラを武器として使えるように、コントロールするだろうと。カリエラを一度奪還してしまえば、ヴィアナルス会の方できちんとした治療とケアを施せる。謝罪だの贖罪だのは、その後で良い。
「ただ、少し懸念があるとすれば―――」
堂々と舟を漕いでいるレラーとメヴァーエルが羨ましくなりつつも、ペラッカは必死にマルクの表情を探った。
「サンダルフォナ。あの娘がどう動くのか、それが大きな問題になる」
「その、サンダルフォナという娘は、教会の協力者なのかね、大将?」
「いいや、ニタ、恐らく違う。第三勢力と考えていいだろう。だが、目的が分からない。『カリエラを取り戻す』と、うちの兵士が聞いているが、どこに取り戻すのか、あの娘一人で、手元にあの女をおいてどうこう出来るとは思えない」
「ということは、後援の組織が?」
「心当たりは?」
ニタは首を振った。マルクがペラッカを見るので、ペラッカもそれに倣う。本当に思いつかないのだ。
「仕方ない、あの娘の事は後回しだ。あの女と心中を考えていると言うのなら、一緒に保護して誤解を解かなくてはいけないしな」
「本当にうちのバカ娘が…」
「良しな、ニタ。俺たちヴィアナルスは、アンモナの息子のアンタの謝罪を受け入れてる」
息子? と、ペラッカが顔を向けると、ニタは言った。
「ああ、アンモナ崇敬大司教夫妻は、私の実の両親なんだよ。私はあの二人の教育に反発して、さっさとアインに帰ったのだがね。カリエラは…私の両親が育てたんだ」
何を言い淀んだのだろう、という疑問も、その次の言葉で掻き消えた。
「え? 両親? カリエラのお婆ちゃんたちは確かに崇敬大司教…え? お父さん???」
「だから、そうだと言っているじゃないか。カリエラの父方の祖父母は、私の両親なんだ」
「エエーーーッ!!!???」
ひょわっと隣の二人が起きる。だが気にせず、ペラッカは畳み掛けた。
「どうしてそんな! だって、だって、カリエラは両親がいないって、探してるって…」
「ああ、その辺りは色々複雑でね。出来れば聞かないでくれないか。説明する時間より、大将からの指示について考えている方が有意義だ」
「その通りだ、ペラッカ。所詮は他人の家庭の話だぞ」
そう言われてしまうと、ペラッカは押し黙るしかなかった。さて、と、マルクは話を続ける。
「ついては、教会までの進軍の為に、ガルガリン部隊を出動させなければならない。レラー、お前なら出来るだろう」
………。ぎゅむっ。
「いたっ!」
「起きてレラー! ガルガリン隊だって。知ってる?」
「ガルガリン? あの、ガルガリン?」
レラーは欠伸をしながら、まるでアイドルの話をするかのように答えた。
「知ってるの? レラー」
「うん。ウチ、それを運転する為の免許、高校卒業する前にとったの」
「ダアトに住んでても、ヴィアナルスの誇りは失わなかったか。お前さんの両親には頭が下がるよ」
「え? え? え? 何の話? 何の話してるの?」
ペラッカは言ってる意味が分からず、話を止めた。マルクもレラーも、不思議そうな顔をしている。
「ペラッカ、お前、レラーから何も聞いてないのか?」
「何を?」
「話してないのか、レラー?」
「う~ん、ウチ、よくわかんないし、説明できないし」
「レラーは、ヴィアナルス村から旅立った、れっきとした俺たちの仲間の子孫だ。レラーの家は、ガルガリンを始めとする様々な乗り物を乗りこなす事を伝統にしている。その免許皆伝の証として、MOS―――軍隊専門技術を与えられて、ガルガリンを動かす技術を与えられるんだ」
………。ということは。
「エエーーーッ!!!??? れ、れ、れ、レラー、マルクと親戚だったの!?」
「違うよ~。ただ、ママとパパに言われた通り、勉強して資格とってただけ~。先祖がどうとか、知らなかった。初めて聞いた~。凄かったんだね~」
と、言いつつ、レラーは全く驚いていない。恐らく今でも、事の大きさが分かっていないのだ。ペラッカはもう何が何だか分からず、もう一度マルクを見て問い詰めた。
「つまりどういう事?」
「レラーは、初めから俺たちの仲間だったってことだ。歴史的にな」
「そーみた~い。へへ、マルクみたいなイケメンと一緒にいられるなんて、あの勉強役に立つんだー」
「お前の両親とは既に連絡がついてる。後で連絡が出来るように、通信兵の所に行くと良い」
「パパとママ、元気かな~」
呆気にとられているペラッカとは対照的に、メヴァーエルは少し複雑そうだった。ミカエリ家の人間としては、信用が得られるかどうか、心配なのだろう。
「ねえ、うちもマルクと戦えるんだよね?」
「歓迎しよう。ガルガリンを守るためには歩兵が必要だから、レラーの戦車を守ってやれ」
「やったー! レラー、頑張ろうね!」
前言撤回。そうだ、この子はこういう奴だった。メヴァーエルはもしや、教会を攻撃することが、転じてミカエリ家への敵対行為だと気づいていないのではないだろうか。




