EPISODE49 やかた(サンダルフォナ)
ペラッカとレラーが笑えない漫才を繰り返しながら崖を登っている頃、サンダルフォナとメヴァーエルは既に崖を登り終え、古ぼけた大邸宅の前にいた。サンダルフォナはメヴァーエルに手錠をし、更にその鎖を自分の左手首に繋いで、割かしゆったりと拘束している。メヴァーエルの問いかけにも罵声にも甘言にも、サンダルフォナは何一つ答えなかったので、最早二人の間に会話はない。
「ね、ねえ! いい加減教えてよサン! ここ、どこ!?」
「………メヴァーエル」
珍しくサンダルフォナがメヴァーエルを本名で呼んだ。それは最早、自分を仲間とも友達とも思わなくて良いという事だろうか。メヴァーエルの心の傷を深くしないために。そんな心遣い、メヴァーエルでも分かる。自ら進んで孤独に走る背中を追いかけない程、メヴァーエルは冷血ではない。
振り向いたサンダルフォナは、不気味なほど落ち着いた眼で答えた。
「ここから先は、どちらがどう死んでもおかしくないから、本当の事を言うわ。…ここはね、私の実家」
「じゃ、じゃあお婆ちゃん家に助けを求めに来たの? カリエラを助ける為に!」
「いいえ違うわ。私は殺しに来たの。カリエラを助ける為に」
どういう意味かと問う前に、サンダルフォナは口でレバーを引き、チェーンソーで門を叩き切った。音に驚き、窓という窓から一斉に銃口が飛び出す。チェーンソーを止めて、サンダルフォナは声を張り上げた。
「取引に来た!! 頭目に会わせろ。私はこの邸宅の真の主だ!!」
するとその声に応え、三階の一つしかない窓が開かれた。遠目でも分かる、嫌らしく不敵な笑みを浮かべたネツァクだった。ネツァクはサンダルフォナが対価として連れてきたメヴァーエルと目を合わせると、ゲラゲラ笑って言った。
「いいね、サンちゃん。ぼく、そう言う心意気好きだよ。面白いものも一緒に見ておいで」
ビキッとサンダルフォナの空気が凍り付く。左の拳を翳すと、小さな破裂音がして左の窓が割れた。かなり小さな銃を撃ったようだ。
「その呼称を許した覚えはない。身の程を弁えろ、小童が!」
「おお怖い。お前たち! アイン・ソフ第七位の命令だ、一切の傷を負わせず丁重にお迎えしろ!」
クスクスクス、と邸宅から嘲笑が聞こえてくる。不気味で、陰険な笑い声。
昔、カリエラを包んでいた偏見と同じ眼差しだ。
邸宅の中では、白と灰色のマーブルの服を着た老若男女の兵士達が、思い思いの得物を持って立っていた。いつでもお前たちを殺せる、そんな雰囲気を醸し出しながらも、これから二人が見る現実を前に、どのような反応をするのか楽しんでいるようにも見える。サンダルフォナはその中で実に堂々としていたが、流石のメヴァーエルも、銃火器の専門家がいない今、楽天的に考えることは出来ない。
「大丈夫よ、メヴァーエル。全て想定の範囲内だから」
「う、うん…。うちは、サンを信じてるよ」
「無用よ。私は私の意思でしか動かない」
うち、どうなっちゃうんだろう…。
サンダルフォナを信用していない訳ではない。ただ何も語られない、何も語ろうとしない、そんな脆い現状の心の距離が不安なのだ。しかしサンダルフォナは微笑みかける訳でも、ましてやメヴァーエルを奴隷のように扱う訳でもなく、淡々と進むだけだ。『面白いもの』とやらにも目もくれず、最上階を目指す。ネツァクに会うためだろう。
それらしい部屋の扉の前に立ち、サンダルフォナが扉を斜めに切ると、すぐに扉の陰に隠れた。真上を寸鉄が三本、通って行く。身体を半分だけ出して、左手を突き付ける。恐る恐るメヴァーエルが部屋の中を覗きこむと、ネツァクはサーカスでも見ているかのように笑って言った。
「成程ね、サクラを持ってたんだ。じゃああの婆も本気なんだね、通りで動きが良い訳だ」
サンダルフォナの掌から僅かに見える鈍色の銃を見て、ネツァクが尚も含み笑いをする。
「そう言う事よ。さ、さっさと商談を始めましょう」
そう言ってサンダルフォナはメヴァーエルを引き連れて部屋の中に入り、自分とメヴァーエルを繋ぐ手錠を外すと、ネツァクの前に突き倒した。
「私が提示するのは、現法王アナウエル・ミカエリの姪メヴァーエル・ミカエリの身柄及び、現崇敬大司教アンモナ夫妻への脅迫事項。要求するのは、五体満足及び意識明瞭のカリエラの引き渡し。どう? 圧倒的にそちらが有利でしょう?」
「あれ? そんな要求をするという事は、途中にあった面白いものは見て来なかったのかい?」
その時、チェーンソーの刃が一回転した。サンダルフォナの顔つきが段々鬼に近づいていく。
「貴様に一切の質問及び意見は認めない。…で、応じる? 応じない?」
「…そんな顔しないでよ、可愛い顔が台無―――」
「答えろ小童!!!」
どす、と床をチェーンソーが貫く。もう片方のサンダルフォナの人差し指は、サクラと呼ばれた掌に隠れるくらいの拳銃の引き金にかかっている。ぶるぶると戦慄いて、今にも指先に力が入りそうだ。嘗てこれ程怖い女がいただろうか。カリエラよりも怖い。
「分かった分かった。いい条件だし、これから更に面白くなりそうだし、応じるよ。…で? メヴァーエル・ミカエリは良いとして、あのアインの裏切り者を脅迫する事案ってなんなのかな? 返答次第では、監禁している部屋の鍵をあげるよ」
「駄目よ、信用できないわ。これだけ破格の好条件なんだから、先に答えを聞かせなさい」
「抜け目ない女だね、益々惜しいよ。…あの女は二階の一番西の部屋にいる」
渋々足元に投げられた鍵を慎重に拾い、サンダルフォナはそれが確かに本物であることを確かめ、懐に入れた。今度はそちらの番だとネツァクが睨む。それを受けて、フッとサンダルフォナは唇を釣り上げた。
「『貴様の孫の秘密をバラす』。…それだけよ」
「………。は?」
「私は二度言わないわ。それじゃ、メヴァーエルの事は上手に使いなさいな」
そう言うと、サンダルフォナはスタスタとその場を去ってしまった。




