EPISODE48 ナタスのがけ
レラーの大声で目が覚めた。随分と懐かしくて悲しい夢を見ていたが、そんな余韻も引き飛ぶ。周りを見ると、メヴァーエルはいなかった。マジカルステッキも置いて行っている。とんでもないうっかりだが、恐らく帰ったのだろう。まあ、居難いだろうし、今となっては責める気力もない。レラーが読め読めと煩いので、押し付けられた手紙を見た。
「『ペラ、レラーへ』…なんだ、メヴィ、結構早く帰ったんだね」
「そうじゃないよ~! とにかく下読んで!」
「はいはい…」
―――ペラ、レラーへ。
この手紙を読んでいる時、既に私はいなくなっていると思う。
ペラには悪いけど、私は使命よりも人命を優先させてもらうわ。私にとってカリエラは、何にも増して大切な子なの。分かって欲しいとは言わないけれど、ごめんなさい。私の我儘で、二人をより危険な状態にしてしまった。それは解っているつもりだけど、やっぱりカリエラが大事なの。
だから私はカリエラを助けに行く。でもその為には、カリエラを生きたまま返してもらうには、相応の対価が必要。私にとって、皆大切な友達。それは変わらないけれど、カリエラはそれ以上に大切なの。だからメヴィは対価として連れて行かせてもらう。
メヴァーエル・ミカエリがヴィアナルス会に捕えられても、法王との交渉の人質になるだけだろうけれど、ヴィアナルス会はどんな手を使ってもカリエラを残酷に嬲り殺しにかかる筈。私は後者を防ぐ。ヴィアナルス会直属のアイン・ソフに捕えられた今、本当はこうやって手紙を書く時間も惜しい。
私を追ってきてメヴィを取り返したかったら、追いかけてもいいけれど、その場合私は貴方達と戦わなくてはならない。カリエラを助けるまで、メヴィを返す訳にはいかない。
もし追いかけなくても、この手紙を直ぐに燃やして、同封しておいた脅迫状を法王に叩きつければ、教会からの増援が得られる筈。それから地下倉庫の中の弾薬や薬は少し残しておいたから、上手く使ってね。
サンダルフォナより―――。
「ちょっと、何よこれ!」
「う、ウチに言われても…」
悔しくて堪らなかった。そこまでサンダルフォナが思いつめていたなんて。そこまで頼りにされていなかったなんて。多少ショックではあっただろうけれど、早起きをして、気まずく四人でカリエラを助けに行く、そうなると思っていた。友達と引き換えに友達を取り戻そうとしようなんて、一体どんなにか苦しかっただろう。サンダルフォナがメヴァーエルを軽視していた筈がない。カリエラを引き渡さなければ殺されるという極限選択の重みを察せない訳がない。サンダルフォナにとっても究極の選択だった筈だ。だがメヴァーエルはそれを理解できないだろう。口汚く罵るに違いない。
「追うよ、レラー」
「え? 二人で?」
「怖いなら一人でダアトに帰って。…あたしは教会の力は借りたくない」
「どうして?」
ペラッカは答えられなかった。否、答えたくなかった。心の中のモヤモヤが取れたら、どんなにかすっきりするだろうと思っていた。だが違った。気付いてしまった真実は、余りにも重くて禍々しい。
メヴァーエルとカリエラ、サンダルフォナを見ていて、ダアト人の感覚がおかしいと薄々感じ始めていた。無邪気な顔でサンダルフォナを侮辱するような言葉を繰り返すメヴァーエルを見ていて、本当におかしいのはアイン人ではなくダアト人ではないのか、天使見習いが、天使見習いよりも下位の存在を助け、憐れむのではなく、侮辱するのはおかしいのではないのか。それが、ペラッカがメタトリーナの墓の前で思った初めての疑問の正体だと、この手紙を読んで確信を持ったのだ。生粋のダアト人である自分と、アイン人であるサンダルフォナの考えることに大差はない、それを理解したからだ。
レラーに話したところで、まだ理解できないだろう。しかしレラーは、意味が分かっているのかいないのか、一緒に行くと言った。仲間はいるに越したことはない。二人は地下倉庫を出た。
丁度砦の裏に当たるらしい。砦の裏は崖の様になっていたが、ところどころロープが張ってあり、洞窟の入口らしい穴もある。恐らく、ナタスから北の商家に品物を送るために作られたのだろう。この高さでは、歩いて山を登るしかない。幸いにも、カマエルの使いが送られてきたと言う割に損傷は少なく、二人だけでも登れそうだった。
「うっひゃ~、高いねえ」
「でも歩けない傾斜ではないね。じゃ、いくよ」
「ほ~い!」
レラーに先陣を頼み、ペラッカは大量の荷物を背負って崖を登りだした。
傾斜は恐らく四十五度以上あるだろう。戦ってもいないのに息が上がる悪路だ。日常的に物品のやり取りをしていたのなら、もっと舗装するのではないだろうか。それともそんな金銭的な余裕がないのだろうか。
「ふえええ、疲れたよぉ…。おみず~」
「まだ百歩しか歩いてないよ、駄目」
これからどんな過酷な状況が来るか分からない。森で五人いながらあの体たらくだったのだ。ブレインが二人もいなくなり、戦力はレラーのみ。ペラッカの少ない脳味噌をフル回転させても不安が消えない。レラーの我儘や要望を聞いて、レラーのコンディションを整えるという事も考えたが、何分レラーはアイドル以外に我慢が出来ない。ここはペラッカが鬼になるしかない。
崖を登るにつれ、洞窟の中は冷え、霜柱が咲いてザクザクと音を立てる。疲労に見合った食事を摂っていない現状、それはビスケットか何かを食べている音を連想させ、余計腹が減る。しかし何度でも思い直すのだが、まだ先は長く―――。
「ペラちゃ~ん! 大変だよぉ~!」
「………。ぎゃー!」
どうせまた腹が減って動けないと暴れ出すかと思い、ウンザリと振り向いたところで、仰天した。レラーが、血まみれのチェーンソーを持っていたのだ。暗がりの中でも分かる。これはサンダルフォナのものだ。
「う、動く…?」
「うん、動くみたいだよ~。動かす?」
「止めて止めて止めて! あたしがやるから! …これ、どこにあったの?」
「そこの岩に刺さってた」
刃物って岩石割るのか! ペラッカは半信半疑だったが、確かに示された岩は砕け、穿たれている。良く見ると、辺りには変色した血、弾痕などがある。ここで戦闘があったのだろう。サンダルフォナは銃を持たない。という事は、アイン・ソフの誰か―――。
「ぐずぐずしていられない、もしかしたら一人助ける前に、三人助ける羽目になるかもしれないよ」
「え~? 誰と誰と誰?」
「わざとでしょ!? ねえ、いくらレラーでもわざとでしょ!? 怒るよ!? ほらさっさと行く!」
ずかずかとペラッカは先に進んだ。そうでもしないと、爪先が霜柱で凍り付いてしまう。登れば登るほどに冷えていくその環境は、少なからず三人の安否を同時に気遣うと言う点で、ペラッカの肝をも酷く冷やした。




