EPISODE50 やかた(ペラッカ)
やっとの思いでペラッカとレラーが崖を登り終え、大邸宅に辿りついた時、中から銃声が聞こえた。カリエラの銃ではない、他の銃。軽く響くこの銃声は聞いたことが無い。だが、その割に銃撃戦らしい音は聞こえない。猛烈に嫌な予感がする。
「誰か撃たれたのかな~?」
「いいから行くよ!」
中には生きているものは誰もいなかった。床は抉れ、柱は崩れ、死体の半分以上が吹き飛んでいる。激しい銃撃戦があった、というよりも、抵抗する間もなく爆薬で木端微塵にされたようだった。壁には無効な抵抗の痕として、夥しい量の弾痕がある。血は新しく、未だ流れて血だまりを大きくしている死体もあったが、一目で生存者はいないと理解出来るくらいには全ての死体が損壊していた。
「これ、サンちゃんがやったの~?」
「違うと思う。サンは爆弾の類は持ち出してなかった。レラーは一階を調べて。あたしは二階を調べる」
「え~? 二人一緒の方がいいんじゃない?」
「駄目。事は一刻を争うから、急がないと―――」
その時、二階から凄まじい銃声が聞こえた。まるで先ほどの銃声に反応しているようだ。弾幕に紛れて何か聞こえる―――これは………。
「メヴィの声だ! メヴィは二階にいるよ!」
「じゃあサンちゃんもそこに!」
恐らくそうだろう。階段を駆け上ると、二階の床は夥しい量の弾痕で埋め尽くされ、硝煙が漂っていた。これは―――機関銃?
「ナイトアーマメント…? イシュだ!」
自分の存在を知らせようと、ペラッカは弩を構えて壁に突き刺した。白い煙の中で、赤い火が映える。それに気づいたのだろうか、弾幕が一時止む。
「そこにいるのは誰だ!」
やはりイシュの声だ。声色からすると、まだナイトアーマメントを降ろしていない。レラーに待つように言って、ペラッカは両手を挙げたまま廊下に出た。
イシュの背中には、真黒な修道服を着せられたカリエラが座り込んでいる。目は開いているが、意識はないようだ。傍にはイシャがいて、強くカリエラを抱きしめている。
「イシュ、あたしだよ、ペラッカだよ! ここにサンとメヴィがいると思うんだけど、彼女たちはどうしたの?」
それを聞いてイシュは物凄い気迫で睨んできた。
「姉御がこんな目に遭ったっていうのに―――!!!」
「よしなイシュ! こいつら、何も知らないよ。そんなことより姉御の手当てが先、行くよ!」
そう言うと、イシュは渋々ナイトアーマメントを背中に仕舞い込み、爆弾で開けたらしい壁の穴に飛び込んだ。
「待って! あたし達カリエラを―――」
「もうお前たちに姉御を任せておけない。ぼく達はハナっから反対だったんだ。後は自分たちでどうにかしな」
そう言うと、イシャはカリエラを負ぶって何か筒のような物を投げてきた。咄嗟に危険を感じ、レラーを押し倒して壁の陰に隠れる。鉄を鉄で引っ掻くような寒気のする音と、太陽が落ちて来たかのような凄まじい光に辺りが包まれた。不覚にも衝撃で動けなくなる。
「う~っ、目も耳も痛いよ~っ!」
「メヴィ! サン! 大丈夫!?」
破壊された扉を体当たりして強引に開けると、硝煙と同時に何だか生臭い臭いがする。南アインに行った時の海の匂いを凝ったような、不快感を齎す潮の香りのようなモノ。生理的に受け付けず、吐き気を催すようなその空間。そこに、怯えきったメヴァーエルが、修道服を脱ぎ白いインナー姿になったサンダルフォナに抱きついて震えていた。サンダルフォナの露になった太腿から、夥しい量の血が出ている。
「二人とも無事だったんだ! 良かった、メヴィは怪我してない?」
「う、うちはしてない…。でも、サンが…」
傷を癒そうと触れようとしたとき、サンダルフォナは無言でその手を払った。弾丸を解体し、中の粉を傷口にかけて火を付け、焼き潰す。その仕草は余りにも暴力的で、一同は息を呑んだ。
「さ、サン? どうしたの…?」
「分からないの?」
その眼はペラッカが見たことの無い眼だった。蔑み、憎しみ、怒り、恨み―――そんな何もかもが合わさったような、鬼のような眼。呆然としているペラッカからチェーンソーを奪い取り、サンダルフォナは言った。
「チェーンソーを持って来てくれたことは礼を言うわ。でも私は手紙に書いた通り。使命よりカリエラの命を優先させてもらう」
「サン、何を―――」
近づこうとすると、サンダルフォナはチェーンソーを首に突き付けてきた。
「現刻よりサンダルフォナは聖女ペラッカ護衛並びに法王勅令の一切を放棄する。…つまり私は一抜け。じゃね」
ペラッカが異を唱える前に、サンダルフォナは壁穴から飛び降りてしまった。追いかけようにも、ペラッカは腰が抜けて動けなかった。ショックだったのだ。
否、ショックとは違う。頭が真白だった。何が起こったのか分からない。何をしてしまったのか―――否、何をさせてしまったのか―――分からない。
「メヴィ、怪我…ないんだよ、ね?」
「う、うん…」
「ゆっくりでいいよ。何があったか話して」
宥めるように小さな掌でメヴァーエルの背を摩る。メヴァーエルは震えながらその時の事を語りだした。




