EPISODE25 しゃじょう
南から帰った一行は、何とかカリエラの顔パスでダアトに戻った。というのも、アインの馬車が、時期でもないのに戻って来たことに衛兵が不信感を持ったためだった。カリエラが負傷しているのを見るや否や、すぐにパラベラム会からの迎えがやって来る。サンダルフォナ、レラー、メヴァーエルとはその場で別れ、ペラッカはカリエラについて行った。迎えが例の双子の大司祭だったので、すぐに話に入ることが出来た。
「それじゃ姉御、とりあえずペラッカさんにはベレッタの扱い方を教えればいいんですね?」
車椅子を押しながら、イシュが確認した。イシャはスケジュール帳を開いて、何やら考えている。
「おう、出来が良い様ならコルトの扱い方も教えてやってくれ」
「コルト? 姉御、持ってるんスか? 修道女は持たない銃ッスよ。最近ぼくがナイトアーマメントを持たせてもらったばかりなのに」
「ナイ…なんだって?」
ペラッカが聞くと、カリエラが答えた。
「ナイトアーマメント。機関銃だ。…で、話し戻すけど、一応護衛として勅令下ってるし、俺がどう使おうがいいだろ。次の旅ではスミスを使う予定だしな。ヴィアナルスの勢力が思った以上に拡大してやがる。おさがりでも無いよりゃマシだろ。ま、今の所ペラのメインウェポンはその弩なんだけど、ちと古臭くて実用性に欠けるから、改造しとくよ。だから、ベレッタから鍛えてやってくれや。矢を使う以外は銃と同じだろ? あ、あと基本的な護身術もな」
「分かりやした」
「イシャは俺が完治するまでリハビリを一緒に頼む。あと弩の改造もな」
「はい、姉御。ボク、頑張ります」
ゲラゲラ笑うカリエラの唇には血の気がない。正しく空元気なのだろう。本当の所どれくらい傷を負っているのか、心配でたまらないのだが、子分の手前気を張っているのだろうと思うと、聞くに聞けなかった。
イシュに連れられてやってきた射場は閑散としていたが、二十メートル程先にある人形はボロボロになっている。天井は低く、音が吸い込まれていく。キョロキョロとペラッカが忙しなく辺りを見回していると、イシュは笑ってマスクとゴーグルとヘッドフォンを放り投げた。
「それ、着けて下さいッス。大事な姉御のお客様ッスからね、怪我でもさせたら、ぼく首が飛んじゃいます」
「これ、何? ベレッタの訓練するんじゃないの?」
「そうッスよ。弩は姉御が改造中なんで、今は銃火器の基礎を教えさせて頂くッス」
「カリエラ、こんなもの着けてないよ」
「そりゃ、姉御は達人ッスからね。あの年であれだけ銃火器に詳しいって、憧れるッス!」
言われた通りにそれらを装着しながら、ペラッカは少し違和感を覚えた。
ヤハーエル学校を始めとするダアトの学校では徹底した反戦教育が行われる。学校の中で喧嘩など起ころうものなら、ゴムホースで滅多打ちの折檻をされるくらいだ。カリエラが、両親がいない関係で、養護施設にいたのは知っている。だが養護施設はパラベラム会の管轄外だ。ダアトで銃火器、つまり文明の遺産の相続が許されているのはパラベラム会と法王庁の高官のみだ。カリエラは修道会に入ってからしか、銃火器に実際に触れる機会はない筈。知識は修道会の本で得ることが出来たとしても、何故実際に扱えるまでに上達しているのだろう。
「銃って、そんなに簡単に扱えるの?」
「まさか! 玩具の銃だって、命中率低いんスよ。実物なんてメじゃないッス! 姉御は、永遠にぼくとイシャの憧れッス!」
「ふうん…」
「はい、練習用のッスよ。火薬の量も少ないッスから、そんなに反動ないッス。まずはこれで慣れるッス!」
「う、うん」
カリエラにベレッタを借りた時はそれほどまじまじと見なかったが、こうしてみると、鈍く光る銃身には無駄がなく、正しく破壊し傷つける為の兵器だという事が分かる。構えるのを躊躇っていると、イシュは立ち位置にペラッカを押して、優しく笑った。
「大丈夫ッスよ。パラベラム会の銃は、ダアト人を護るためにある銃ッスから、聖女様に牙を剥くなんてないッス!」
「う、うん」
「じゃ、先ずは利き目を見るッス。ペラッカさん、指で丸、作るッス」
イシュは親指と人差し指を曲げて、丁度オーケーサインのように指を作った。ペラッカが言われた通りにすると、その手を自分の顔の前に持ってくる。
「ぼくの顔、輪っかの中に入ってッスか?」
「うん」
「じゃ、片方ずつ目を瞑るッス。それで、顔が輪っかの中に入っている方が、利き目ッス!」
「…右だ」
「じゃ、右目を開いて狙うッス」
まずはお手本を、と、イシュは自前のベレッタを取り出して肩幅に脚を広げ、右手で銃身を握り左手をその下に添えた。そして引っかけのような物を降ろすと、徐々に引き金にかけた人差し指を絞って行く。
パンッ!
「ひゃあっ!」
「あれ? 姉御、アインでベレッタ使ってませんでした?」
「つ、使ってたけど…っ! もうなんか、色々滅茶苦茶で…っ」
イシュはそれだけでどういう状況だったか理解したようだった。イシュは子供にするようにペラッカの頭を撫でた。
「大丈夫ッス。ぼく達が初めて銃握った時も、姉御、こうしてくれたんスよ」
「カリエラが?」
「そうッス。ぼく達、両親いなくて、養護施設の時から姉御の付き合いッス。何の取り柄もなかったぼく達に、パラベラム会を紹介してくれて、おかげでこうして暮らしていけるッス。姉御は、完璧な姉御ッス! だから、あの方について行けば、何の問題もないッスよ!」
そう言って笑うイシュの表情は無邪気で、年相応の幼さが垣間見える。とりあえず構えてみろと言うので、見様見真似で構えようとして、突然ペシッと叩かれた。
「引き金に指をかけるのは撃つ直前ッス! それより前に構えたら危ないッスよ! これは絶対の約束ッス!」
「は、はぁい…」
「同じ力で人差し指を絞るんス。そうすっと、撃鉄…この引っかけが落っこちて、弾が出るッス。今は速射とか考えなくていいッス。とにかく的の頭を狙うッスよ! 銃の有効射程距離はそんなに長くないッス。今から慣れておかないと、本当の戦いの時に当たらないッス!」
「う、うん。あ、ねえねえ、カリエラが、戦う時に連射してたんだけど、それは?」
「それも姉御の射撃スキルと敵との距離が関係してるッス。連射すると、ガク引きって言って、反動で銃口がぶれて当たらなくなるッス。片手で撃っても同じ理由でまず当たらないッス」
「ふうん…」
「さ! どんどん撃って、音と反動に慣れるッス!」
「うん!」
三十発以上撃って漸く的に当たると、どっと疲れが出て、へたり込んでしまった。一体いつの間に持ってきたのか、スポーツドリンクを持ってイシュが休憩を促す。立ち上がろうとしたが、腰が抜けて立てなかった。
「あはは、きっと姉御、こうなるって予測してたんスね」
「どういう意味?」
「ぼく達も、姉御に初めて銃の撃ち方教わった時、こんな風に腰が抜けたんスよ」
そう言ってイシュはペラッカを引き上げ、ベンチに座らせた。修道服を着ていなければ、なんと紳士的であろうか。
「姉御はその時から、ベレッタくらいの軽い銃なら十に一つ位、的に中ててたッス」
「その時って…。具体的にどれくらい前?」
「ぼく達が施設を出たばかりのころだから…。三年以上は前ッスね」
その頃と言えば、カリエラはヤハーエル高等学校に通っていない。義務教育期間だ。
だったら尚の事おかしい。その時からパラベラム会に入ると決めていたとしても、文明の遺産をおいそれと賞賛したり関わったりすることは悪いことだと徹底して教育される。
カリエラは一体どこで、銃火器の扱いを覚えたのだろう。
「そう言えばイシュさんて」
「さんなんてつけないでくださいッス! 姉御に殺されます!」
「じゃあイシュ。イシュはどうしてカリエラの子分になったの?」
するとイシュは、少し寂しそうな眼をしてスポーツドリンクのボトルを見下ろし、一気に煽ってから答えた。
「ぼくとイシャは、親がいないッス。施設で虐められて知ったんスけど、ぼく達の親は『その時』が来て天使様になったんじゃなくって、結婚をしていないのにお母さんがぼく達を身籠っちゃったらしいんス。だからダアト国を追放されて、今は東西南北のどこかのアインに居るんじゃないかって話を延々と聞かされて、こんな大人になっちゃいけませんって、先生からも言われてたッス」
ペラッカは正直何とも思わなかった。結婚前に子供を身籠るなんて悍ましい、本当にそう思ったのだ。清浄なるダアト国に、そのような不浄は要らない。それも学校で教えられてきたことだったし、そのような不浄を退けるための考え方も、行動規範も学んできた。
「理不尽ッスよね。ぼくとイシャは望んで産まれたわけじゃないって分かってるのに、ずっとそれを言われ続けなくちゃならない。天使様に見放された悪い魂だからこんな目に遭うんだって、凄くいびられました」
でも、とイシュはこちらを向いて、にっこり笑った。
「そこを助けてくれたのが、姉御ッス!」
「カリエラが?」
「そうッス! 姉御はその場にいた苛めっ子を跪かせて土下座させて、それを咎めた先生にも一発打ち込んでくれたんス!」
「あ、そ、そう…」
やりかねない。容易にその光景が浮かぶ。尚もきらきらと顔を輝かせながら、イシュは語った。
「もうすっごい啖呵切っちゃって、格好良かったんスよ! 『てめぇら、俺の弟と妹に何さらしてんだ!』って、くぅ~っ! 今思い出してもグッと来るッス!」
「あ、あは、あははは…」
「台詞は確かに大したことなかったッス。でもその場にいる全員を強制的に跪かせて、それでも反抗的な奴とか、ぼく達を睨んでる奴の頭を踏みつけて、物理土下座させたんス。あんまり酷いんで先生が止めに入ったら、『アインの女に正論言われて形無しだな』って吐き捨てて、先生も逆ギレしたんスけど、姉御がアンモナご夫妻のお孫さんって分かったら、大慌てで土下座したんス」
「カリエラのお婆ちゃんとお爺ちゃんって、そんなに凄い人なの?」
「凄い人ッスよ! なんたってミカエリ法王の側近、右手と左手の二人ッスからね。大司教の中でも二人しか選ばれない、崇敬大司教ッス。それもアインの血筋で、なんて、凄い大出世ッスよ! 三百年の歴史上、初めての事だって言ってました」
「血筋? アンモナ夫妻はアイン出身じゃないの?」
「ご夫妻のご両親が、どちらもアインからの留学生で、結婚してるらしいッス。だから血筋はアインだけども、お二人はダアト育ちッスよ」
正直どう凄いのかよく分からない。ペラッカは教会の仕組みには興味ないのだ。
イシュはぐっと屈伸運動をして立ち上がると、そこから更に伸びをした。
「あんまりやると疲れて次が出来なくなるッス。今日はこの辺でお終いッス!」
「うん、ありがとう」
ペラッカはその日、こっそりカリエラの住んでいる個室に移された。どうやらあまり公に出来るような身分ではないらしい。確かに教会と全く縁のないペラッカに法王の勅令が下ったとなれば、過激な連中がひょいひょいと腕を出してくるだろう。イシャは、イシュの部屋に転がり込むらしい。とりあえず、ヨナ、カリエラ、イシュ、イシャ以外の教会員に返事をしないように、とだけ言われた。




