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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

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第89話 10年ぶりの散髪

翌朝。


 蓮は、いつものように早く目を覚ました。


 十年間、ダンジョンで生きてきた。目覚ましがなくても、身体は自然と目を覚ます。


 ベッドから起き上がり、静かに部屋を出る。しばらくして、美月も起きてきた。


「……おはよう、蓮」


「……おはよう」


 美月はまだ少し眠そうな顔で蓮を見る。


 そして――


 その動きが止まった。


「…………」


「……?」


 美月は蓮の顔をじっと見つめる。


「……蓮」


「……何?」


「その髪と髭……」


 蓮は自分の髪に触れる。


 髪は長く伸びているわけではない。目にかからないように。戦うときに邪魔にならないように。


 伸びるたびに、ナイフで最低限だけ切っていた。そのため、長さは不揃いで、整っているとは言えない。


 そして――


 髭。


 こちらはほとんど手入れされていない。


「……問題ある?」


「あるよ」


 即答だった。


「今日、美容室行こう」


「……美容室?」


「うん。私の行きつけ」


 蓮は少し考える。


 美容室を知らないわけではない。十五歳まで普通に地上で暮らしていた。当然、美容室にも行ったことがある。


 ただ――


 最後に行ったのは十年前だ。


「……分かった」


「よし」


 美月は満足そうに頷いた。そして、ふと蓮の服に目を向ける。


「…………」


 昨日は、あまりにもいろいろなことが起きすぎた。


 十年ぶりの再会。警察とのやり取り。蓮を自分の家へ連れて帰り、十年間の話を聞いた。


 そのうえ、食事をして――。


 正直、美月自身、まだ頭が追いついていなかった。だから昨日は、蓮が何を着ているのかまで気にしていなかった。


 けれど――


 改めて見ると、今着ている服も明らかに普通ではない。


 黒を基調とした服。一見すれば普通の衣服にも見える。だが、近くで見ると分かる。


 布地の質感。異常なほどの丈夫さ。


 そして――


 僅かに漂う魔力。


「……蓮」


「……?」


「その服も……ダンジョンで手に入れたの?」


「……うん」


 美月は目を細める。


 やっぱり。


 昨日は気づかなかった。いや――気づく余裕がなかった。


 十年ぶりに帰ってきた幼馴染が目の前にいる。それだけで、美月の頭はいっぱいだった。


「……その服で外に出るのは、ちょっとやめたほうがいいかも」


「……そうなのか?」


「うん。普通の服に着替えよう」


「……分かった」


「着替えられる服はある?」


「……ある」


 蓮は腰のあたりへ手を伸ばした。


 すると――


 目の前に、淡い光を帯びた空間が現れる。


「……え?」


 美月が目を見開いた。


「それ……」


「……アイテムボックス」


 蓮は何でもないことのように答える。


「蓮……アイテムボックス、持ってるの?」


「……うん」


 美月は驚いた。


 アイテムボックス自体は、冒険者なら知っている。けれど、誰でも持てるものではない。Aランク冒険者である美月も、その希少性は知っている。


「……いつから?」


「……ダンジョンで手に入れた」


「……そうなんだ」


 美月が驚いている横で、蓮は収納されている服を探す。


 そして――


 一着を取り出した。


「これでいいか」


「ちょっと待って!」


 美月が慌てて止める。


「それ、何?」


「……服」


「いや、そうじゃなくて!」


 蓮が手にした服。一見すると普通の黒い服に見える。


 だが――


 美月には分かった。


 服そのものから、僅かに魔力が漂っている。明らかに普通の服ではない。


「……それ、ダンジョン産でしょ?」


「……うん」


「絶対、それで外に出ちゃダメ!」


「……そうなのか?」


「そうだよ!」


 蓮は不思議そうに服を見る。


 蓮にとっては、ただの服だった。ダンジョンで手に入れた装備品。普通に着られる。それで問題があるとは思っていない。


 だが、美月から見れば――


 街中で着れば、間違いなく目立つ。


「……他にもある?」


「……ある」


 蓮は別の服を取り出そうとする。


「待って!」


 美月が再び止めた。


「それもダメ!」


「……これも?」


「ダメ!」


 蓮は別の服を見る。どれも同じだった。


 魔力を帯びている。普通の衣服とは明らかに違う。


「……全部、ダンジョン産?」


「……うん」


「…………」


 美月は頭を抱えた。


「蓮……」


「……?」


「普通の服、買おう」


「……分かった」


「とりあえず、そこで買ってくるね」


「……そこで?」


「近くのコンビニ。スウェットならあると思う」


 美月はスマートフォンと財布を手に取る。


「蓮はここで待ってて」


「……うん」


「すぐ戻ってくるから」


 そう言って、美月は一人で家を出た。


     ◇


 数分後。


「ただいま」


 玄関から美月の声がする。蓮が振り返る。


 美月の手には、コンビニの袋があった。


「はい。とりあえずこれ」


 袋から取り出したのは、シンプルなスウェットの上下だった。


「今は美容室に行くだけだから、これでいいよ」


「……分かった」


 蓮はスウェットを受け取る。


 ダンジョン装備から、普通の服へ。


 たったそれだけのことなのに――


 少しだけ、街へ戻ってきたような気がした。


「ちゃんとした服は、あとで買おうね」


「……うん」


「じゃあ、着替えてきて」


「……分かった」


 蓮は部屋へ戻り、スウェットへ着替える。しばらくして戻ってくる。


「どう?」


「うん。これなら大丈夫」


 美月も安心したように笑った。


「じゃあ、美容室に行こう」


「……うん」


 美月はスマートフォンを取り出す。


「その前に、連絡しておくね」


 行きつけの美容室へ電話をかける。


「もしもし。美月です」


 少し話したあと、美月は続ける。


「今日なんだけど……朝一番で、貸切にしてもらうことってできる?」


 電話の向こうから返事が返ってくる。


「うん。急でごめんね」


 美月は何度か頭を下げながら話している。


「……ありがとう。本当に助かる」


 電話を切る。


「……貸切?」


「うん」


 美月は蓮を見る。


「私だけでも、気づかれることはあるんだけどね」


 今の美月は、元モデル。そしてAランク冒険者。《アストラ》のリーダーとしても知られている。


 普通に美容室へ行けば、当然、人目を集める可能性は高い。


 けれど――


 今日は、それだけが理由ではない。


 美月の隣には、蓮がいる。髪は自分で最低限だけ切ったまま。髭も十年間ほとんど手入れされていない。


 そんな蓮と、美月が二人で街を歩けば――


 美月だけが注目されるわけではない。


 むしろ、


 「隣の男は誰?」


 そんな好奇の視線が、蓮へ向けられる可能性が高い。十年ぶりに帰ってきたばかりの蓮を、必要以上に人目に晒したくはなかった。


「……蓮がいるから」


「……?」


「私だけなら、多少は大丈夫。でも……」


 美月は少しだけ笑う。


「今の蓮と一緒に歩いたら、たぶんすごく目立つよ」


「……そうなのか?」


「うん」


 美月は頷く。


「だから、なるべく人に見られないようにしたいの」


「……分かった」


「朝一番なら、お客さんもいないから」


「……そうか」


「これなら、蓮も気にしなくていいでしょ?」


「……うん」


 美月は小さく笑った。


「じゃあ、行こう」


     ◇


 朝早い時間。


 美容室には、他の客は誰もいなかった。


「おはようございます」


「おはよう、美月ちゃん」


 美容師が笑顔で迎える。


「今日は本当にありがとう」


「いいのよ。美月ちゃんにはいつも来てもらってるし」


 そして――


 美容師が蓮を見る。


「……?」


 少しだけ目を見開いた。


 髪は不揃い。けれど、極端に長いわけではない。そして、顔には十年間ほとんど手入れされていない髭が残っている。


「……ご自分で切られてたんですか?」


「……うん」


 美容師が蓮の髪を見る。


「なるほど……。髪は邪魔にならないように、ご自分で切っていたんですね」


「……うん」


 そして、美容師は蓮の髭へ視線を移す。


「髭は……あまり手入れされてないみたいですね」


「……うん」


 美月が苦笑する。


「髭は、ほとんどそのままみたい」


「そうなんですね」


 美容師は蓮を見る。


「では、髪を整えましょうか」


「……お願いします」


 蓮は椅子に座る。


 そして――


 十年ぶりの散髪が始まった。


 ハサミが髪を切っていく。不揃いだった髪が、少しずつ整えられていく。


 目にかかっていたわけではない。それでも、最低限しか手入れされていなかった髪が整えられるだけで、印象は大きく変わっていった。


 やがて――


「終わりました」


 蓮が鏡を見る。


「…………」


 髪は綺麗に整っていた。


 けれど――


 髭はまだ残っている。


「……髭は、どうする?」


 美月が蓮を見る。


「……剃る」


「うん。じゃあ、このあと理容室に行こう」


「……理容室?」


「そう。近くにあるから」


「……分かった」


 美容室を出る。そして、二人は近くの理容室へ向かった。


     ◇


「いらっしゃいませ」


 美月が事情を説明すると、すぐに案内された。


「髭を剃ってもらえますか?」


「もちろんです」


 蓮は椅子に座る。


 長い間、ほとんど手入れされていなかった髭が、少しずつ剃られていく。


 頬。顎。口元。


 十年間、ほとんど隠れていた顔が少しずつ現れていく。


 そして――


「終わりました」


 蓮が顔を上げる。


「…………」


 鏡を見る。その隣で、美月も蓮を見る。


「…………」


 思わず、息を止めた。


 髭がなくなったことで、顔の輪郭がはっきりと見える。整った顔立ち。鋭い目。


 そして――


 十年前とは少し違う。美月には、そう見えた。


 昔から、蓮は整った顔をしていた。けれど。十年の間に変わった身体。そして、整えられた髪と髭。


 その顔立ちは――


 以前よりも、さらに整っている。


 古龍との戦い。極限状態の中で発動した《超越者》。


 その力によって、蓮の身体はさらに進化していた。骨格。筋肉。身体の構造。


 そのすべてが、より理想的な形へと変化している。


 そしてそれは――


 顔にも及んでいた。


 余分なものが削ぎ落とされるように。より理想的な骨格へと整えられるように。


 髭に隠れていたその変化が、今になってはっきりと現れた。


「…………」


 美月は、蓮から目を離せなかった。


「……美月?」


「……え?」


「どうした?」


「ううん……」


 美月は慌てて視線を逸らす。そして、もう一度だけ蓮を見る。


「……すごく変わったね」


「……そうか?」


「うん」


 蓮は鏡を見る。だが、自分ではよく分からない。


「……髪と髭を整えただけだろ」


「それだけじゃないと思うけど」


「……?」


 美月は小さく笑う。


「昔から顔は整ってたけどね」


「……そうだったか?」


「そうだよ」


 蓮は首を傾げる。


 自分の顔を気にすることなど、十年間ほとんどなかった。ダンジョンでは、顔がどう見えるかなんて、生きることには関係なかった。


「……イケメンになったね」


「…………?」


 蓮は本気で意味が分からないという顔をする。美月は思わず笑った。


「自分じゃ分からないんだ」


「……よく分からない」


「そっか」


 美月は嬉しそうに笑う。


「でも、私はこっちのほうが好き」


「……そうか」


 蓮はもう一度、鏡を見る。


 そして――


 少しだけ目を細めた。


「……変な感じだ」


「十年ぶりだもんね」


「……うん」


 美月は立ち上がる。


「じゃあ、次は――」


 蓮を見る。


「服を買いに行こう」


「……うん」


 二人は理容室を出る。


 十年ぶりに髪を整え。十年ぶりに髭を剃った。


 鏡に映る自分の姿を見ても、蓮にはまだ実感がなかった。


 けれど――


 美月には分かっていた。


 目の前にいるのは、十年前の少年ではない。


 十年という時間を生き抜いた――


 今の黒瀬蓮だった。

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― 新着の感想 ―
美容師がヒゲ剃るのは違法だったような。 ヒゲ剃って良いのは理容師(床屋)のほうだったかと。 この世界ではOKという設定なら、その注釈もあれば安心できますね。
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