↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/172

第85話 街の中の異物

山道を下りていく。


 蓮は黙々と歩いていた。


 十年ぶりの地上。山を下りれば、そこにはかつて知っていた街がある。そう思っていた。


 やがて、山道を抜ける。視界が開けた。


「…………」


 蓮は足を止めた。


 街が見える。


 けれど――


「……知らない」


 思わず、呟いた。


 建物が増えている。道路も広くなっている。知っているはずの街なのに、知らない場所に見えた。


 人々が手に持っている小さな機械も気になる。歩きながら画面を見ている。誰かと話している。写真を撮っている。


 十年前には、こんな光景はなかった。


 蓮は周囲を見ながら、街へ入っていく。その姿を、通行人がちらちらと見ていた。


 黒を基調とした戦闘用の服。身体を守る軽装の防具。足元には、ダンジョンで手に入れた特殊な靴。


 そして――


 十年間伸ばしていた髭。自分で切ったため、不揃いな髪。無表情のまま周囲を見回す姿。


 街の中では、明らかに浮いていた。


「……何、あの人」


「さあ……見たことない人だね」


「警察に連絡したほうがいいんじゃない?」


 そんな声が聞こえてくる。蓮は振り返った。


「…………」


 目が合う。すると、女性は慌てて視線を逸らした。


「……?」


 蓮は首を傾げる。なぜ避けられたのか。分からない。


 十年間。蓮が人間と話すことは、一度もなかった。必要な言葉さえ、使う機会がなかった。


 魔物と戦い。食料を確保し。生きる。


 それだけの生活だった。


 だから、人間の視線や反応など気にしたことがなかった。


 蓮は何も気にせず歩き続ける。目的地は決まっていた。


 かつて暮らしていた場所。


 けれど――


「…………」


 蓮は道の途中で足を止めた。


「……こっちだったか?」


 記憶を頼りに、道を曲がる。しかし、見覚えのある景色はない。


「…………違う」


 しばらく歩いてから、蓮は引き返した。別の道へ進む。それでも、記憶と一致しない。


 十年前にあった建物がない。道路も変わっている。新しい建物が増え、昔の目印もなくなっていた。


「……分からない」


 蓮は立ち止まる。


 頭の中に残っているのは、十年前の街の景色だけ。その記憶を頼りに歩いているのに、どこを通っても知らない場所に見える。


 何度も道を間違えた。そのたびに引き返し、別の道を探す。


「…………」


 それでも、諦めることはなかった。自分が暮らしていた場所だけは、覚えている。そう信じて歩き続ける。


 そして――


「……ここだ」


 蓮は足を止めた。


 両親と暮らしていた家。蓮が十五歳まで過ごした場所。十年前、家を出たときには確かにここにあった。


 けれど。


「…………」


 家がない。庭もない。塀もない。


 そこにあるのは、ただの更地だった。


「……ない」


 蓮の口から、声が漏れる。


 一歩、前へ進む。周囲を見回す。何度確認しても、家はなかった。


「…………」


 蓮は黙って立ち尽くした。


 十年間。いつか帰ることだけを考えていた。ここへ戻ってくれば、帰れる。そう思っていた。


 なのに――


 帰ってきた場所には、何も残っていなかった。


 そんな蓮の姿を、近所の人が見ていた。


 見慣れない男。黒い戦闘装備。髭面。何もない更地に、長い時間立ち尽くしている。


「……あの人、何してるの?」


「さあ……見たことない人だね」


「警察に連絡したほうがいいんじゃない?」


 その頃。


 近くの道を、一人の女性が歩いていた。


 神崎美月。二十五歳。Aランク冒険者であり、女性三人で構成されたパーティー《アストラ》のリーダー。


 美月は歩きながら、ふと足を止めた。


「…………」


 目の前の道を見つめる。


 なぜ、ここまで来たのか。自分でも分からなかった。気づけば、足がこの場所へ向かっていた。


 昔、蓮が住んでいた家。十年前。蓮がいなくなる前まで、何度も遊びに来ていた場所。


「……また来ちゃった」


 美月は小さく呟いた。


 蓮がいなくなってから、十年。


 十五歳のあの日。蓮は突然、いなくなった。何の前触れもなく。


 それから、美月は何度も蓮を探した。学校の友人に聞き、知っている場所を探し、蓮が行きそうな場所を何度も訪れた。


 けれど――


 何も見つからなかった。


「……あの時」


 美月は目を伏せる。今でも、時々思う。


 もし、あの時もっと蓮の近くにいてあげていたら。何か変わっていたんじゃないか。蓮がいなくなることを、防げたんじゃないか。


「……私が、もっと気づいてあげてたら」


 答えは分からない。けれど、その後悔だけは十年経った今も消えていなかった。


 個人で蓮を探すには、限界があった。手掛かりもない。情報もない。


 だから、美月は別の方法を選んだ。


 モデルになった。


 芸能界に入れば、多くの人と繋がることができる。自分が有名になれば、今まで届かなかった場所にも情報が届くかもしれない。芸能界でできた人脈を使えば、蓮を探すための手掛かりが見つかるかもしれない。


 そして――


 もし自分が有名になれば。もし蓮がどこかで自分を見ていたら。いつか、蓮のほうから連絡をくれるかもしれない。


 そんな小さな希望もあった。


 けれど、三年後。


 世界にダンジョンが現れた。そして、ダンジョンからは、これまで人類が知らなかった様々なものが発見された。


 その中には――


 傷を治すポーションもあった。


 それを知った時、美月は思った。


 もしかしたら。ダンジョンには、まだ誰も知らないアイテムが存在するのではないか。


 傷を治すことができるものがあるのなら。人を探すことができるアイテムも、いつか見つかるかもしれない。


 蓮を探せるものが。蓮の居場所を知ることができるものが。


 そんなアイテムが、どこかのダンジョンに眠っているかもしれない。


 もちろん、根拠なんてなかった。ただの希望だった。


 それでも――


 美月は諦めたくなかった。


 だから、モデルを辞めた。そして、冒険者になった。


 ダンジョンに入るために。蓮を探すために。いつか、蓮を見つけるために。


 そして――


 もし、蓮と再会できたなら。今度は何もできない自分ではいたくなかった。


 十五歳のあの日。何もできなかった自分を、もう繰り返したくない。


 だから、強くなった。


 努力して。戦って。仲間を得て。Aランクまで上り詰めた。


 蓮を探すために。


 そして――


 いつか蓮に会う、その日のために。


「…………」


 美月は昔の家があった方向を見る。十年経った今でも、ここへ来ると胸の奥が少しだけ痛む。


「……蓮」


 小さく、その名前を口にする。


 返事があるはずもない。そう思っていた。


 けれど――


 少し先に、人が集まっているのが見えた。その中心に、一人の男が立っている。


 そして、その前には――


 警察官が二人。


 美月は足を止めた。


「……何かあったのかな」


 遠くから様子を見つめる。


 警察官の一人が、男に声をかけた。


「君。ここで何をしている?」


「……帰ってきた」


「帰ってきた?」


 警察官が周囲を見る。そこに家はない。


「ここは更地だぞ」


「……知ってる」


 警察官は困ったように顔を見合わせる。


 そして――


「君、名前は?」


 美月は、何気なくその会話を聞いていた。


 男が答える。


「…………」


 少しだけ間を置いて。


「……黒瀬蓮」


「…………」


 その名前を聞いた瞬間。


 美月の足が止まった。


「……え?」


 聞き間違いではない。


 黒瀬蓮。


 十年前に突然いなくなった、幼なじみの名前。


 美月はゆっくりと男を見る。


 髭に覆われた顔。不揃いな髪。見慣れない黒い装備。


 十年前の少年とは、あまりにも違っている。


 それでも――


 美月の胸の奥で、記憶が重なった。


 十五歳だった少年。いつも一緒にいた幼なじみ。十年間、ずっと探し続けた名前。


「……まさか」


 美月は一歩、前へ進む。


 蓮が振り返った。二人の視線が重なる。


 美月の目が大きく見開かれる。


「……蓮?」


 蓮は、じっと美月を見る。


「…………」


 しばらくして。


「……美月?」


 十年ぶりに。


 二人は再会した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。