第83話 帰還への道
蓮は、ゆっくりと扉を開いた。
――ゴゴゴゴゴゴッ。
重い音を響かせながら、巨大な扉が左右へ開いていく。
その先には――
広い部屋が広がっていた。
「……」
蓮は慎重に中へ入る。
今までの階層とは、明らかに違う。
壁も床も、見たことのない素材で造られている。
魔物の気配はない。
静かだった。
あまりにも静かすぎる。
「……何なんだ、ここ」
蓮は周囲を見渡す。
すると――
部屋の中央に、一つの宝箱が置かれていることに気づいた。
「……宝箱?」
蓮は警戒しながら近づいていく。
念のため、《鑑定》を使う。
『名称:宝箱』
『種別:宝箱』
『状態:良好』
『罠:なし』
「……罠はないか」
蓮は宝箱へ手を伸ばす。
そして、ゆっくりと蓋を開いた。
中に入っていたのは――
一つの小さな瓶だった。
透明な瓶の中に、淡い光を放つ液体が入っている。
「……薬?」
蓮は瓶を手に取る。
そして《鑑定》を使った。
『名称:霊薬』
『種別:ポーション』
『状態:良好』
『効果:あらゆる傷・状態異常を完全に治癒する』
『蘇生効果:死亡から10分以内の人間を蘇生する』
「……蘇生?」
蓮の表情が変わった。
表示をもう一度確認する。
「死んだ人間を……生き返らせる?」
そんなものが存在するとは思わなかった。
蓮は瓶を見つめる。
これまで見つけてきた薬とは、根本的に違う。
傷を治すだけではない。
死者すら、生き返らせる。
「……凄いな」
蓮は霊薬を《アイテムボックス》へ収納した。
『霊薬を収納しました』
「……これで終わりか?」
蓮は部屋の中を見回した。
宝箱は一つ。
中に入っていたのも、霊薬一つだけ。
他には何もない。
「…………」
百階層。
古龍を倒した先にあった部屋。
そこで手に入れたのが、この霊薬。
なら――
これで、このダンジョンは終わりなのだろうか。
蓮がそう考えた、そのときだった。
――キィィィン……。
「……?」
小さな音が部屋に響いた。
蓮はすぐに周囲を見渡す。
魔物の気配はない。
だが。
部屋の奥で、何かが光り始めていた。
「……光?」
何もなかった空間に。
淡い光が集まっていく。
最初は小さかった。
けれど。
少しずつ。
少しずつ。
光は大きくなっていく。
「…………」
やがて。
人一人が通れるほどの大きさになった。
白い光。
その向こう側は見えない。
蓮は警戒しながら近づいていく。
「《鑑定》」
視界に情報が現れた。
『名称:ダンジョン出口』
『種別:出口』
『状態:正常』
『出現条件:100階層守護者の討伐』
『詳細:ダンジョン外部へ接続された出口』
「…………」
蓮の足が止まった。
もう一度。
表示された文字を見る。
『ダンジョン外部へ接続された出口』
「……外?」
思わず。
声が漏れた。
蓮は光を見つめる。
外。
その言葉を。
何度考えただろう。
このダンジョンへ入ってから。
何度も。
何度も。
外へ出たいと思った。
けれど。
どれだけ歩いても。
どれだけ階層を進んでも。
出口は見つからなかった。
やがて。
生きることだけで精一杯になった。
次の階層へ進む。
魔物を倒す。
食料を確保する。
眠る。
また戦う。
それを。
十年間。
繰り返してきた。
「……本当に」
蓮はゆっくりと光へ近づいた。
「外に……出られるのか」
光は何も答えない。
ただ。
静かに揺らめいている。
手を伸ばせば届く距離。
あと数歩進めば。
その中へ入れる。
「…………」
それなのに。
蓮の足は止まっていた。
十年。
あまりにも長かった。
十五歳だった自分が。
二十五歳になるまで。
ずっと。
このダンジョンで生きてきた。
何度も傷ついた。
何度も死にかけた。
それでも。
ここまで来た。
「……終わったんだ」
蓮は小さく呟いた。
もう。
次の階層はない。
もう。
先へ進む必要もない。
この光を抜ければ。
外へ帰れる。
蓮はゆっくりと一歩を踏み出した。
光へ近づく。
あと少し。
その先にあるのは――
十年間。
一度も見ることのできなかった世界。
蓮は光の前で立ち止まった。
「…………」
そして。
ゆっくりと手を伸ばした。
指先が。
白い光へ触れた。




