第80話 超越者
――ほんの一瞬。
途切れていた意識が、戻ってきた。
「……」
蓮はゆっくりと目を開けた。
視界がぼんやりしている。
身体を動かす。
指が動く。
腕も動く。
ゆっくりと身体を起こした。
「……?」
蓮は自分の身体を見た。
傷がない。
血も流れていない。
痛みもない。
「……指輪か」
右手を見る。
そこにあった指輪は、跡形もなく消えていた。
古龍の攻撃によって受けた致命傷。
それを指輪が完全に肩代わりしたのだ。
「……助かったな」
蓮は立ち上がる。
そして――
ドクン。
心臓が、大きく脈打った。
「……!」
身体の奥から、凄まじい力が湧き上がる。
ドクン。
もう一度。
今度は、全身が震えた。
魔力が暴れ始める。
これまでとは明らかに違う。
「……なんだ、これ」
蓮が息を呑む。
次の瞬間――
――ドンッ!!
蓮の身体から、凄まじい魔力が爆発した。
衝撃波が周囲へ広がる。
地面が大きく揺れ、足元に亀裂が走る。
舞い上がった砂埃が、一瞬で吹き飛ばされる。
「……っ!」
蓮自身も驚いていた。
抑えようとする。
だが――
止まらない。
身体の奥から溢れ出す魔力が、次々と全身へ駆け巡っていく。
腕。
脚。
胸。
頭。
全身を魔力が一気に満たしていく。
「ぐっ……!」
蓮は歯を食いしばった。
これまで何度も魔力を限界まで使ってきた。
それでも――
こんな感覚は初めてだった。
そのとき。
『《生存適応》が発動します』
頭の中に声が響いた。
『極限状態を確認』
『これまでに蓄積された生存経験を統合します』
『これまでに蓄積された戦闘経験を統合します』
蓮の脳裏に、これまでの十年間が一気に蘇る。
飢え。
渇き。
毒。
傷。
魔物との戦闘。
何度も死にかけた。
何度も限界を超えた。
それでも、生き延びてきた。
その全てが――
一つになっていく。
『蓄積された経験を確認』
『対象の成長限界を確認』
表示が一瞬、静止する。
そして――
『《無限成長》を確認』
『成長限界は存在しません』
蓮の目が見開かれる。
次の瞬間。
『《無限成長》と《生存適応》の相互作用を確認』
『二つのスキルの融合を開始します』
「……!」
魔力が一気に膨れ上がった。
――ドォォォォォォン!!
凄まじい爆発が100階層を揺らす。
地面が砕ける。
岩壁に無数の亀裂が走る。
蓮を中心に、膨大な魔力が渦を巻く。
古龍が身体を引く。
「グォ……!」
だが、魔力の爆発は止まらない。
《無限成長》の力。
《生存適応》の力。
二つの異なる力が、蓮の身体の中で激しくぶつかり合う。
そして――
次第に、一つへと溶けていく。
これまで蓮が積み重ねてきた全て。
生き延びるために得た経験。
戦い続けることで身につけた力。
限界を超え続けてきた成長。
それら全てが、一つに統合されていく。
『融合率――100%』
一瞬、世界から音が消えた。
そして――
『融合が完了しました』
『新たなスキルが誕生します』
――ドクン。
蓮の心臓が、大きく脈打つ。
『《無限成長》』
『《生存適応》』
二つの名前が消える。
その代わりに――
『《超越者》』
新たな名前が表示された。
――ドォォォォォォン!!
最後の爆発が起きた。
蓮を包んでいた魔力が、一気に周囲へ放出される。
地面が大きく陥没する。
空気が震える。
岩壁が崩れ落ちる。
それでも――
その中心にいる蓮は、微動だにしなかった。
やがて、溢れ出していた魔力が静かに収まっていく。
蓮はゆっくりと目を開いた。
「……」
世界が、違って見えた。
音が鮮明だった。
空気の流れが分かる。
地面の僅かな振動まで感じ取れる。
そして――
古龍の身体を流れる魔力が、はっきりと分かった。
どこへ魔力が集まっているのか。
どこから攻撃が来るのか。
身体が次にどう動くのか。
それらが、感覚として理解できる。
「……これが」
蓮は自分の身体を見つめる。
「《超越者》……」
力が増えただけではない。
今まで自分の中にあったものが、全て一つになっている。
蓮は魔剣を拾い上げる。
刀身へ魔力を流す。
魔力は、呼吸するように自然と刀身へ集まっていく。
古龍が蓮を睨みつける。
先ほどまで倒れていた人間。
その人間が、今はまったく違う存在になっている。
古龍が低く唸った。
「グルルル……」
蓮は魔剣を構える。
先ほどまでなら、自分より高いステータスを持つ古龍に警戒していた。
今も、古龍が強敵であることに変わりはない。
だが――
もう恐怖はなかった。
「……もう一度」
蓮の目に、鋭い光が宿る。
「今度は、負けない」
古龍が咆哮を上げる。
「グォォォォォッ!!」
100階層を震わせる咆哮。
それでも――
蓮は動じない。
次の瞬間。
蓮の姿が消えた。




