第74話 十年の軌跡4
80階層を越えた蓮は、さらに深い階層へ進んでいった。
これまで、蓮は何度も限界を越えてきた。
魔物との戦い。
鍛錬。
魔法の習得。
そして、幾度となく生死の境を越えた。
その積み重ねによって、蓮の力は以前とは比べものにならないほど大きくなっていた。
剣の技術。
身体能力。
魔力の扱い。
魔物の動きを読む力。
どれを取っても、かつての自分とは別人だった。
それでも、蓮にとってはそれが当たり前になっていた。
自分がどれほど強くなったのか。
蓮自身にも、正確には分からない。
ただ一つ分かることがある。
以前なら命懸けだった相手も、今では冷静に対処できる。
そして――
まだ、強くなれる。
そう感じていた。
◇
81階層。
そこへ足を踏み入れた瞬間、蓮は目を細めた。
「……眩しいな」
これまでの階層とは、まるで違っていた。
空間全体が白い光に包まれている。
あまりにも強い光のせいで、目を開けていても何も見えない。
「……これじゃ、進めないな」
蓮は立ち止まった。
魔物と戦うだけなら、《気配察知》がある。
魔物の位置は気配で分かる。
魔法を使おうとすれば、《魔力感知》で魔力の動きを感じ取ることもできる。
だが――
道が分からない。
目が使えない以上、どこへ進めばいいのか判断できなかった。
蓮は《魔力感知》へ意識を集中させる。
周囲へ意識を広げる。
だが――
「……何も分からない」
魔力の反応が、ほとんど感じ取れない。
壁がどこにあるのか。
通路がどちらへ続いているのか。
何がどこにあるのか。
《魔力感知》を使っても、周囲の構造を把握することができなかった。
「……これじゃ、進めないな」
目は使えない。
《魔力感知》でも周囲が分からない。
《気配察知》で魔物の位置は分かっても、道までは分からない。
蓮はその場で考え続けた。
どうすれば、この場所を進めるのか。
何度も《魔力感知》を使う。
それでも、答えは見つからない。
何度も歩いてみる。
だが、どこへ向かっているのか分からない。
行き止まりへ辿り着く。
分かれ道で立ち止まる。
「……厄介だな」
蓮は足を止めた。
この階層では、今までの感覚だけでは足りない。
それでも、進まなければならない。
蓮は再び《魔力感知》へ意識を集中させた。
そして――
『生存適応が発動しました』
その瞬間。
蓮の中に、一つの感覚が生まれた。
「……自分の魔力を、外へ広げる?」
蓮は試してみる。
身体の中にある魔力を、少しずつ外へ放つ。
放った魔力が、周囲へ広がっていく。
そして――
何かに触れた。
「……!」
蓮は、その反応を《魔力感知》で捉えた。
壁だった。
「……分かる」
蓮はさらに魔力を広げる。
今度は別の場所から反応が返ってくる。
近くの壁。
その先にある通路。
さらに遠くの壁。
少しずつ、周囲の構造が分かってくる。
「……そういうことか」
自分の魔力を飛ばす。
触れたものから返ってくる反応を、《魔力感知》で捉える。
それを繰り返すことで、目を使わなくても周囲の構造を把握できる。
蓮はさらに魔力を広げていく。
まるで、見えない地図を作るように。
「……分かる」
どこが壁なのか。
どこが通路なのか。
どこへ進めばいいのか。
少しずつ、ダンジョンの構造が頭の中に浮かび上がっていく。
「……これなら、行ける」
蓮は歩き始めた。
光に視界を奪われても、もう進むことに問題はなかった。
◇
それから蓮は、光に満ちた階層で魔物と戦い続けた。
魔物の位置は《気配察知》で捉える。
魔法の発動は《魔力感知》で察知する。
自分の魔力を飛ばし、周囲の構造を把握する。
視覚に頼らなくても、戦い、進むことができる。
そして、戦いを重ねる中で、蓮は魔物が使う光の魔法に意識を向けるようになった。
光を生み出す瞬間。
魔力の流れが変化する。
蓮は、その変化を何度も感じ取った。
「……この魔力の流れ」
蓮は自分の魔力を動かしてみる。
何度も試す。
魔物の魔力の流れを参考にしながら、自分の魔力を変化させていく。
すると――
指先に、小さな光が生まれた。
「……光」
淡い光が、指先で揺れる。
蓮は魔力をさらに集中させる。
光を前へ飛ばす。
小さな光が一直線に飛んでいった。
その瞬間――
『生存適応が発動しました』
蓮の中で、光を生み出す感覚がはっきりとした。
『《光魔法》を習得しました』
「……できた」
蓮は静かに呟いた。
新しい魔法。
また一つ、蓮の戦い方が増えた。
◇
81階層から89階層。
光に満ちた空間を、蓮は進み続けた。
魔物と戦う。
気配を読む。
魔力を感じる。
自分の魔力を飛ばし、周囲の構造を把握する。
そして、魔剣に属性魔力を纏わせる。
火。
水。
風。
木。
土。
雷。
光。
これまで身につけてきた力を使い分けながら、蓮は戦い続けた。
戦いが終われば、鍛錬をする。
《重力の靴》で負荷をかける。
《封魔の手袋》で力を抑える。
その状態で歩く。
走る。
剣を振る。
魔法を使う。
少しずつ身体が慣れてくれば、また負荷を上げる。
戦いでは命を守る。
鍛錬では限界を押し広げる。
その繰り返しだった。
休むときには、《魔力貯蔵の腕輪》へ魔力を注ぐ。
ただし、無闇にMPを使うことはできない。
ダンジョンでは、いつ何が起こるか分からない。
突然、強力な魔物に襲われる可能性もある。
だから、常にある程度のMPは残しておく。
余裕があるときだけ、少しずつ魔力を腕輪へ移していく。
一度に蓄えられる量は少ない。
それでも、積み重ねれば大きな力になる。
そうして蓮は、戦いのない時間にも少しずつ準備を続けていた。
そして――
89階層まで進んだ。
◇
89階層。
最後の魔物を倒した蓮は、剣を鞘へ収めた。
目は相変わらず、光によって何も見えない。
それでも、もう問題はなかった。
魔物の位置も分かる。
魔力の動きも感じ取れる。
周囲の構造も把握できる。
蓮は自分の魔力を周囲へ広げた。
そして――
「……あった」
下へ続く階段を捉えた。
蓮はその方向へ歩き出す。
さらに深い階層へ。




