第67話「第30階層のボス」
30階層の奥へ進んだ蓮は、やがて見慣れた巨大な扉の前に立った。
10階層。
20階層。
そして30階層。
十階層ごとに現れる、ボス部屋へ続く扉。
蓮にとって、これで三度目だった。
「……また、ボスか」
扉の向こうから、強烈な気配が伝わってくる。
10階層のボスよりも。
20階層のボスよりも。
明らかに強い。
蓮は腰の剣に手をかけた。
「……行くか」
ゆっくりと、扉を開く。
ギィィィ……。
扉の向こうには、巨大な空間が広がっていた。
天井は高く、壁には淡い光を放つ鉱石が埋め込まれている。
そして、その中央。
一匹の魔物が立っていた。
「……でかい」
全身を黒い毛に覆われた巨大な獣。
四本の足。
鋭い爪。
頭には二本の角が生えている。
蓮が一歩踏み込んだ瞬間。
魔物がゆっくりと顔を上げた。
目が合う。
その瞬間、空気が変わった。
「……こいつが、この階層の主か」
蓮は《鑑定》を使う。
『名称:グランドベア』
『種別:魔物』
『状態:良好』
『危険度:高』
『筋力:非常に高い』
『防御力:高い』
『敏捷性:高い』
『魔力:低い』
『固有能力:剛力』
『攻撃方法:爪撃・突進・噛みつき』
『弱点:腹部』
『特徴:高い身体能力を持つ』
「……ここまで分かるのか」
以前よりも、はるかに詳しい。
攻撃方法。
能力。
そして弱点まで分かる。
蓮は剣を構えた。
その直後。
グランドベアが地面を蹴った。
「――!」
速い。
巨体からは想像できない速度だった。
蓮は横へ飛ぶ。
ドゴォンッ!
さっきまで立っていた場所が、大きく砕けた。
「……突進か」
鑑定で見た通りだった。
グランドベアが身体を起こし、腕を振る。
「爪撃!」
蓮は剣で受け流す。
ガキィン!
「ぐっ……!」
腕が痺れた。
重い。
蓮はすぐに距離を取る。
グランドベアが再び襲いかかってくる。
今度は噛みつき。
蓮は頭を低くして避ける。
「……なるほど」
鑑定で得た情報が、実際の戦闘で役に立つ。
だが、分かっているからといって簡単に倒せるわけではない。
グランドベアの動きは速く、一撃一撃が重い。
蓮は隙を探しながら、少しずつ攻撃を加えていく。
「そこだ!」
剣を振る。
ザシュッ。
刃が肩を切り裂いた。
だが、浅い。
「硬い……!」
グランドベアが怒りの咆哮を上げる。
次の瞬間、再び突進してきた。
蓮は横へ避ける。
そのまま背後へ回り込む。
「腹部……!」
弱点を狙う。
剣を振り抜く。
だが、グランドベアが身体を捻った。
ザシュッ!
腹部ではなく、脇腹を切り裂く。
「くそっ……!」
あと少しだった。
グランドベアが振り返る。
そのまま腕を振り抜いた。
蓮は避ける。
しかし――
爪の先が脇腹を掠めた。
「ぐっ……!」
血が流れる。
身体が一瞬、止まる。
その瞬間。
グランドベアが最後の一撃を振り下ろした。
「――!」
蓮は反射的に身体を捻る。
爪が肩を切り裂く。
だが、致命傷は避けた。
地面に膝をつく。
息が荒い。
視界が揺れる。
それでも――
『生存適応が発動しました』
「……!」
身体の奥が熱くなる。
何度も経験してきた感覚。
身体が、目の前の危険に合わせて変化していく。
感覚が研ぎ澄まされる。
グランドベアの動きが、先ほどよりはっきりと見えた。
攻撃の瞬間。
足の位置。
重心の移動。
その一つ一つが、感覚として伝わってくる。
「……見える」
グランドベアが突っ込んでくる。
蓮は動いた。
今までより速く。
そして――
すれ違いざまに剣を振る。
ザンッ!
深く斬り裂く。
グランドベアがよろめく。
蓮は止まらない。
魔力を右手へ集める。
「火魔法!」
至近距離から炎を叩き込む。
グランドベアが大きくのけぞった。
その瞬間。
腹部が完全に開いた。
「今だ!」
蓮は一気に踏み込む。
剣を振り抜く。
ザシュッ!
刃が弱点を捉えた。
グランドベアの身体が大きく揺れる。
そして――
ゆっくりと倒れた。
ドォン……。
巨大な身体が地面へ沈む。
「……はぁ……」
蓮はその場に立ったまま、荒い息を吐いた。
勝った。
だが、楽な戦いではなかった。
鑑定で弱点が分かっていても、そこを狙うのは簡単ではない。
それでも、情報があったからこそ勝てた。
「……鑑定、便利だな」
蓮は倒れたグランドベアを見る。
10階層のボス。
20階層のボス。
そして30階層のボス。
階層が深くなるほど、ボスも確実に強くなっている。
「……次は、もっと強くなるのか」
蓮は剣を鞘へ戻した。
そのときだった。
ボス部屋の奥に、何かがあることに気づいた。
「……あれは?」
蓮は近づいていく。
そこには、一つの宝箱が置かれていた。
「……宝箱」
10階層のボスを倒したときにも、宝箱があった。
20階層のボスを倒したときにも、宝箱があった。
そして今回も――
「何が入ってるんだ?」
蓮は宝箱の前に立つ。
ゆっくりと手を伸ばし、蓋に触れた。
「……開けてみるか」
蓮が宝箱を開こうとした、その瞬間――




