第63話「世界に現れたダンジョン」
――蓮がダンジョンに入ってから、三年。
その頃。
外の世界では、大きな異変が起きていた。
◇
日本。
街の一角に、それは突然現れた。
昨日まで何もなかった場所。
そこに、巨大な黒い穴が開いていた。
「……なんだ、あれ?」
通りを歩いていた人々が足を止める。
誰も、それが何なのか分からない。
建物でもない。
工事現場でもない。
ただ、地面にぽっかりと開いた巨大な空間。
警察が現場へ駆けつけ、周囲を封鎖する。
「近づかないでください!」
「これは何なんだ?」
「地下に続いているのか?」
現場は、あっという間に人で溢れた。
だが――
誰にも答えは分からなかった。
◇
同じ頃。
日本だけではなかった。
世界各地で、同じ現象が起きていた。
アメリカ。
中国。
イギリス。
フランス。
ドイツ。
そして、その他の国々。
都市の近く。
山の中。
平原。
海岸付近。
場所も大きさも違う。
それでも共通していることが一つだけあった。
どの場所にも、突然――
未知の空間が現れた。
「世界中で同じ現象が起きています!」
「原因は?」
「現在調査中です!」
「自然災害ではないのか?」
「その可能性は低いと思われます!」
各国政府は対応に追われた。
軍が出動し、警察が周囲を封鎖する。
科学者や研究者も現地へ集められた。
しかし、いくら調べても原因は分からない。
そして――
最初の調査隊が、その内部へ入ることになった。
◇
暗い。
外から見た以上に広い。
地下へ続いているはずなのに、内部には不自然なほど広い空間が広がっていた。
「……地下なのか、ここは?」
「分かりません」
「地形データと一致しない」
壁。
岩。
見たことのない植物。
外の世界では存在しないものばかりだった。
「植物を採取しろ」
「了解」
さらに奥へ進む。
そのときだった。
「……待て」
調査隊の一人が足を止めた。
「何かいる」
暗闇の奥。
何かが動いた。
「全員、警戒!」
次の瞬間。
黒い獣が飛び出してきた。
「うわっ!」
調査隊が一斉に後退する。
獣は低い唸り声を上げ、こちらを睨みつけている。
「……犬?」
「いや……違う」
明らかに普通の動物ではない。
鋭い牙。
異様に発達した身体。
そして、人間を見るその目には明確な敵意があった。
「撃つぞ!」
隊員が銃を構える。
銃声がダンジョン内に響いた。
しかし――
「……効いてない?」
魔物の身体には、わずかな傷しかない。
隊員たちの表情が変わる。
「もう一度!」
再び銃声が響く。
それでも魔物は倒れない。
「なんだ……こいつ」
普段なら十分な威力を持つ銃弾。
それが、ほとんど通用していない。
その直後、魔物が飛びかかってきた。
「うわぁっ!」
隊員たちは必死に後退する。
そして、一人が手にしていたナイフを振った。
ザシュッ。
今度は、魔物の身体に深く刃が食い込んだ。
「……!」
全員が息を呑む。
銃はほとんど効かなかった。
しかし、刃物は通った。
「どういうことだ……?」
このとき、彼らはまだ知らなかった。
ダンジョンの中では、外の世界で当たり前に使われていた武器が、その力を大きく失うことを。
◇
魔物を倒した後。
その身体から、小さな石が転がり落ちた。
「なんだ、これ……」
青白く光る石。
それは後に――
魔石と呼ばれることになる。
◇
その日のニュースは、世界中を駆け巡った。
『世界各地で謎の巨大空間が出現』
『政府が現地を封鎖』
『内部で未知の生物を確認』
『銃器が通用しない可能性』
『未知の鉱物らしき物質も発見』
人々は混乱した。
何が起きているのか。
なぜ突然現れたのか。
あの空間はどこへ繋がっているのか。
そして――
あの怪物は何なのか。
世界中で、様々な憶測が飛び交った。
だが、この日を境に。
人類の世界は、少しずつ変わり始めることになる。
未知の空間。
未知の生物。
未知の資源。
後に人々は、その場所をこう呼ぶようになった。
――ダンジョン。
◇
そして誰も知らない。
世界が初めてダンジョンの存在を知った、その日。
そのはるか奥深く。
すでに三年間、そこで生き続けている少年がいることを。
黒瀬蓮。
十八歳。
彼は今――
30階層にいた。




