第52話「4階層の魔物」
暗闇から現れた魔物を見て、蓮は槍を構えた。
四足歩行。
大きさはグレイファングより一回り大きい。
全身を黒に近い灰色の毛が覆い、細長い身体をしている。
頭には二本の短い角。
口には鋭い牙が並んでいた。
そして、長い前脚には鋭い三本の爪が伸びている。
「……見たことない」
蓮は慎重に距離を取る。
魔物も低い姿勢になった。
「鑑定」
『名称:ダークハウンド』
『種別:魔物』
『特徴:高い敏捷性・鋭い爪』
『攻撃:噛みつき・爪』
「……速いタイプか」
分かった情報を頭に入れる。
4階層。
初めて見る魔物。
油断はできない。
ダークハウンドが地面を蹴った。
「っ!」
蓮は《身体強化》を発動する。
魔力を脚へ流し、横へ飛ぶ。
直後、鋭い爪が目の前を通り過ぎた。
「速い……!」
グレイファングより速い。
蓮はすぐに槍を構え直した。
ダークハウンドが方向を変える。
今度は正面から来る。
「来い!」
蓮は槍を突き出した。
だが、ダークハウンドは身体を低くしてかわした。
「なっ……!」
そのまま懐へ入り込まれる。
爪が迫る。
蓮は槍の柄で受けた。
ガンッ!
「重い……!」
身体を弾かれ、数歩後ろへ下がる。
魔物が追ってくる。
蓮は走った。
距離を取る。
呼吸を整えながら、魔物の動きを見る。
「速いけど……」
ただ速いだけではない。
攻撃する直前に、必ず身体を低くしている。
そこに僅かな予備動作がある。
「なら……」
ダークハウンドが再び走り出した。
蓮は動かない。
引きつける。
さらに近づく。
そして――
「今!」
《身体強化》で脚力を高め、横へ跳んだ。
ダークハウンドの爪が空を切る。
その瞬間、蓮は身体を反転させた。
「そこだ!」
槍を突き出す。
魔物の肩を捉えた。
「よし!」
ダークハウンドが距離を取る。
蓮も追わない。
魔力の流れを調整する。
必要な瞬間だけ強くする。
無駄には流さない。
「もう一度……」
魔物が迫る。
蓮も踏み込む。
互いの距離が一気に縮まる。
爪。
槍。
互いに攻撃をかわす。
そして最後に――
蓮の槍が魔物を捉えた。
ダークハウンドが地面へ倒れる。
「……倒した」
蓮は槍を下ろし、呼吸を整えた。
3階で戦っていた魔物とは明らかに違う。
速さも、攻撃の鋭さも上だった。
それでも、今までの経験があったからこそ倒せた。
蓮はしばらく自分の身体を確認した。
「……」
何も起こらない。
身体の中に、特別な変化もない。
スキルが発動したような感覚もない。
「……今回は、ないか」
蓮が思い出したのは、《生存適応》だった。
これまで危険な状況に追い込まれたとき、身体に変化が起きることがあった。
だが、今回は違う。
発動を知らせる声も聞こえない。
「……まだ必要ないってことなのか?」
蓮には、その理由までは分からない。
ただ――
今回は自分の力で乗り越えられた。
それだけは分かった。
「もっと強くならないとな」
蓮は前を向いた。
そのとき――
遠くから、かすかな物音が聞こえた。
「……一匹だけじゃないな」
蓮は槍を握り直した。
4階層へ入ったばかり。
探索は、まだ始まったばかりだった。




