第24話 異変
2階層での生活にも、少しずつ慣れてきた。
蓮は毎日、決まった場所を歩く。
水を確保する。
食料を探す。
魔物を観察する。
危険な場所には近づかない。
そうやって、一日一日を生きていた。
けれど、その日は違った。
いつもの道を歩いていた蓮は、突然足を止めた。
「……?」
静かすぎる。
いつもなら遠くから聞こえてくる魔物の鳴き声がない。
蓮は槍を握った。
周囲を見渡す。
「……何かいる」
そう思った瞬間だった。
地面に、大きな足跡が残っていることに気づいた。
蓮はしゃがみ込む。
「……大きい」
今まで見た魔物の足跡とは明らかに違う。
しかも新しい。
蓮は立ち上がった。
「近くにいる」
◇
蓮は周囲を警戒しながら、その場を離れようとした。
その瞬間――
ドンッ!
背後の岩が砕け散った。
「!」
蓮は反射的に横へ飛ぶ。
巨大な何かが、さっきまで蓮がいた場所を通り過ぎた。
岩の破片が飛び散る。
蓮は距離を取った。
そして、その魔物を初めて正面から見た。
「……狼?」
それは狼に似た姿をしていた。
しかし、知っている狼とはまるで違う。
体高は蓮の胸ほど。
体長は三メートル近い。
灰色がかった黒い毛が全身を覆い、その毛皮は異様なほど厚い。
前脚は太く、そこから伸びる爪は蓮の手よりも長い。
口を開けば、大きな牙が並んでいる。
そして何より――
速い。
あれほど大きな身体なのに、動きにほとんど無駄がない。
魔物は低く身を沈めた。
「……来る」
次の瞬間。
魔物が消えたように見えた。
「っ!」
蓮はとっさに横へ飛ぶ。
直後、爪が目の前を通り過ぎた。
ズガッ!
岩壁に深い傷が刻まれる。
「……!」
蓮の背中に冷たい汗が流れた。
まともに受けたら、一撃で終わる。
◇
魔物が再び向かってくる。
蓮は槍を構えた。
狙うのは胸。
魔物が飛びかかってくる。
「ここ!」
蓮はギリギリまで引きつけ、槍を突き出した。
ザシュッ。
槍の先端が毛皮を裂いた。
しかし――
「浅い……!」
血は流れている。
だが、槍は分厚い毛皮に阻まれ、深く刺さっていない。
魔物が振り返る。
怒りの咆哮が響いた。
蓮はすぐに距離を取った。
「硬い……それに速い」
今まで戦ってきた魔物とは違う。
攻撃を避けるだけなら、なんとかなる。
だが、こちらの攻撃が通らない。
このままでは勝てない。
魔物が再び走り出した。
「!」
蓮は逃げた。
細い通路へ入る。
魔物も追ってくる。
速い。
距離がどんどん縮まっていく。
「くっ……!」
蓮はさらに走る。
しかし――
目の前に岩壁。
行き止まりだった。
「……!」
蓮が振り返る。
魔物がゆっくり近づいてくる。
逃げ場はない。
蓮は槍を握り直した。
手が震える。
今までにも怖い魔物はいた。
けれど――
今回は違う。
自分より明らかに強い。
正面から戦えば、死ぬ。
魔物が低く唸った。
そして跳ぶ。
「っ!」
蓮は横へ飛ぼうとした。
しかし、完全には避けきれなかった。
鋭い爪が肩を切り裂く。
「ぐっ……!」
血が流れる。
蓮の身体が地面を転がった。
立ち上がろうとする。
だが、身体が思うように動かない。
魔物が近づいてくる。
「……まだ……」
蓮は槍を握る。
足に力を入れる。
立つ。
逃げられない。
なら、戦うしかない。
魔物が再び身を低くした。
蓮はその姿を見つめた。
そして――
身体の奥から、今まで感じたことのない熱が広がっていった。
「……何だ……これ……」
心臓が強く脈打つ。
傷口が熱い。
呼吸が変わる。
視界が少しずつ鮮明になっていく。
魔物の動きが――
さっきより、はっきり見える。
蓮は知らない。
今、自分の中で何が起きているのか。
ただ――
生き残るために。
蓮の身体が、初めて大きく変わり始めていた。




