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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第四部 アストラ編

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第230話 冒険者になりたかったわけじゃない

「最初から、冒険者になりたかったわけじゃないよ」


 ひなたの言葉に、蓮は少しだけ首を傾げた。


「なりたくなかった?」


「うん」


「でも、今は冒険者だよね」


「そうだね」


 ひなたが小さく笑う。


「玲奈とは、たぶん正反対だったと思う」


「私?」


 玲奈が自分を指差す。


「玲奈は最初からダンジョンに入りたかったんでしょ?」


「まあ……うん」


「私は全然」


「魔物と戦いたくなかった?」


 蓮が聞く。


「怖かったから」


 ひなたは迷わず答えた。


「ダンジョンも、魔物も、怪我するのも。ニュースで冒険者の事故を見るたびに、よく自分からあんな場所に入れるなって思ってた」


 玲奈が何とも言えない顔をする。


「私、そういう場所に自分から入ってたんだけど」


「知ってるよ」


「今聞くと結構刺さるね」


「昔の話だから」


 ひなたが少し笑った。


「だから、自分が冒険者になるなんて考えたこともなかった」


「じゃあ、なんでなったの?」


 蓮が聞く。


 ひなたは少しだけ考えてから答えた。


「きっかけはね、怪我をした冒険者を見たことだったの」


      ◆


 その頃のひなたは、まだ何のスキルも持っていなかった。


 ダンジョンが世界各地に現れ、魔物を倒した人間の一部が特殊な能力を得る。その事実はすでに広く知られるようになっていた。


 身体能力を強くする力。感覚を鋭くする力。炎や風を操る力。そして、傷を治す力。


 ニュースでは連日のように、新しく確認されたスキルや冒険者の活躍が報じられていた。


 けれど、ひなたにとってはどれも自分とは関係のない話だった。


 力を得るには、魔物と戦わなければならない。


 その時点で答えは決まっていた。


「私には無理」


 友人との会話で冒険者の話題が出ても、いつもそう答えていた。


「治癒魔法とかだったら、ひなたに向いてそうだけどね」


「治癒魔法を取るためにも魔物を倒さないといけないんでしょ?」


「たぶんね」


「じゃあ無理」


 戦うことが嫌いというより、怖かった。


 自分が魔物の前に立つところを想像するだけで、とても無理だと思えた。


 冒険者は、自分とは違う人たち。


 その頃のひなたは、本気でそう思っていた。


      ◆


 その考えが少しだけ変わったのは、ある日だった。


 ひなたが街を歩いていると、遠くから何台もの緊急車両が走ってくる音が聞こえた。


「……何?」


 道の先に人が集まっている。


 近くにいた人たちの話から、近隣のダンジョンで事故があったことが分かった。攻略中だった複数の冒険者が負傷し、地上へ運び出されているらしい。


 ひなたがその近くを通りかかった頃には、ダンジョン入口から少し離れた場所に簡易的な救護スペースが作られていた。


 一般人が自由に出入りできる場所ではない。


 ひなたも離れたところから様子を見ていただけだった。


「こっち!」


「まだ一人来るぞ!」


「担架を空けて!」


 次々と負傷者が運ばれてくる。


 服を血で汚した冒険者。肩を借りなければ歩けない人。腕を押さえ、苦しそうに顔を歪めている人。


 ひなたの足が止まった。


 怖かった。


 テレビ越しに見るのとは全然違う。血の色も、苦しそうな声も、慌ただしく動き回る人たちも、全部すぐ近くにあった。


「…………」


 見ていられない。


 そう思った。


 その場を離れようとした時、救護スペースの中から声が上がった。


「こっち、治癒を頼む!」


「分かりました!」


 一人の冒険者が負傷者のそばへ駆け寄る。


 武器は持っていなかった。


 負傷者の前へ膝をつき、傷口の近くへ手をかざす。


 淡い光が広がった。


「…………」


 ひなたの足が止まる。


 さっきまで苦しそうに顔を歪めていた冒険者の表情が、少しずつ緩んでいく。


 出血も弱まっていった。


「もう大丈夫。すぐ次の処置に移せるから」


「……助かった」


「まだ動かないでください」


 治癒魔法を使った冒険者は、それだけ言うと、すぐに次の負傷者のもとへ向かった。


 ひなたはその姿を目で追った。


 魔物を倒しているわけではない。


 剣を振っているわけでもない。


 それでも、その人が来たことで誰かの苦しそうな顔が変わった。


「…………」


 今まで、冒険者と聞けば魔物と戦う人だと思っていた。


 強い人。


 怖い場所へ自分から入っていく人。


 自分とは違う人。


 でも。


 あんな人もいる。


 誰かが怪我をした時、その傷を治す人も冒険者なのだ。


 ひなたはしばらく、その場から動けなかった。


      ◆


 その日の夜。


 家に帰ってからも、昼間に見た光景が頭から離れなかった。


 血を流していた冒険者。


 苦しそうな顔。


 そして、その人の前に座り、治癒魔法を使った人。


「…………」


 怖かった。


 今でもダンジョンに入りたいとは思わない。


 魔物と戦いたいとも思わない。


 もし自分があの場所にいたとしても、何もできなかった。


 その事実も分かっている。


 だからこそ、考えてしまった。


 もし。


 自分にも、あの魔法が使えたら。


 あの場で苦しんでいた誰かに、少しでも何かできたのだろうか。


「……でも」


 治癒魔法を手に入れるには、魔物を倒さなければならない。


 それが今分かっている、スキルを得るための方法だった。


 怖い。


 やっぱり、ダンジョンには行きたくない。


 その気持ちは何も変わっていなかった。


 それでも。


 冒険者という世界を、完全に自分とは関係のないものだと思うことは、もうできなくなっていた。

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