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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第四部 アストラ編

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第229話 ひなたがいる場所

 昼を過ぎても、ギルドから連絡は来なかった。


「今日は来ないかもしれないね」


 美月がそう言うと、玲奈がソファにもたれる。


「昨日報告したばっかりだし、そんなにすぐ決まらないか」


「調べることもあるだろうしね」


「じゃあ今日は解散する?」


 玲奈が聞く。


 美月は少し考えたあと、ひなたを見る。


「ひなた、さっき回復関係を確認するって言ってたよね?」


「うん。次も同じダンジョンに入るなら、少し見直しておきたいかな」


「じゃあ、それだけやっておこうか」


「分かった」


 追加調査が決まったわけではない。それでも、必要になった時に慌てないよう、今のうちに準備だけ確認しておくことになった。


 ひなたは持ってきていた鞄を開き、中から小さな手帳を取り出す。蓮が隣から覗き込むと、回復薬だけではなく、包帯や止血剤、状態異常に備える薬まで細かく書かれていた。


「いっぱいあるね」


「全部使うわけじゃないけどね」


「使わないならいらないんじゃない?」


「必要になった時にない方が困るでしょ?」


「そっか」


 ひなたは当然のように答え、残っている数を一つずつ確認していく。


「前衛用は少し多めにしておこうかな」


「それ、ほぼ私用じゃない?」


 離れたところから玲奈が反応した。


「玲奈だけとは言ってないよ」


「でも一番使いそうなの私でしょ」


「自覚あるんだ」


「昨日あれだけ言われたからね」


 玲奈が苦笑する。


「でも、次は気をつけるから」


「うん。それでも準備はしておく」


「信用されてない?」


「信用してるよ。それと準備は別」


「……それもそうか」


 玲奈は納得したように頷いた。


 蓮はそのやり取りを聞きながら、ひなたの手元を見る。玲奈が前にいるから、その分も考えて準備する。ひなたにとっては、それもいつものことらしい。


      ◆


 必要な物のうち足りないものだけを確認し、近くの店で補充して戻ってくると、ひなたは購入した物を種類ごとに分け始めた。


 蓮もその隣に座る。


「これは?」


「止血剤」


「治癒魔法があるのに?」


「いつでもすぐ使えるとは限らないから」


「魔力がなくなった時?」


「それもあるし、私が怪我してるかもしれないでしょ」


 蓮の手が止まる。


「ひなたが?」


「うん」


「ひなたが怪我したら、誰が治すの?」


「自分で使えるなら自分で治すよ。それが無理なら、こういうのを使う」


 ひなたは止血剤を蓮から受け取り、他の物と一緒に並べた。


 蓮はその手元を見る。


 今まで、ひなたは怪我をした人を治す側だと思っていた。けれど当然、ひなた自身が怪我をすることもある。


「何が起きるか分からないから、使わなくても持っておきたいの」


「使わなかったら?」


「その方がいいよ」


「そうなの?」


「うん。何もなくて、結局使わなかったなら、それが一番だから」


 ひなたは何でもないことのように言う。


 蓮にも、その考え方自体は分かった。


 原初ダンジョンにいた頃、自分も必要になるかもしれない物はできる限り残していた。薬も食料も、すぐに使わなくてもアイテムボックスへ入れておいた。いつ必要になるか分からなかったからだ。


 ただ、ひなたが準備している物は少し違う。


 自分が使うためだけではない。


 玲奈が怪我をするかもしれない。美月が必要とするかもしれない。自分自身が動けなくなった時、誰かが使うかもしれない。


 誰が必要とするかも分からない物を、それでも用意しておく。そして、誰も使わずに済んだなら、それが一番だとひなたは言う。


 蓮は並べられた道具をもう一度見た。


      ◆


 しばらくして、美月と玲奈は昨日の調査地図をもう一度確認し始めた。


 ひなたは最後の回復薬を片付ける。


「ひなた」


「ん?」


「こういう準備、いつもしてるの?」


「毎回全部じゃないよ。でも回復関係はだいたい私が見るかな」


「嫌じゃない?」


「嫌?」


「面倒じゃない?」


 ひなたは少し考える。


「面倒な時はあるよ」


「あるんだ」


「そりゃあるよ」


 ひなたが笑った。


「でも、確認しないで困るよりいいから」


「誰が困るの?」


「誰って……」


 ひなたは少し不思議そうに蓮を見る。


「必要になった人?」


「玲奈かもしれない?」


「うん」


「美月かもしれない?」


「そうだね」


「俺かもしれない?」


「蓮は使う機会なさそうだけど」


「ないの?」


「少なくとも私たちよりは少ないでしょ」


「たぶん」


「でも、必要なら使うよ」


 ひなたはそう言って、最後の道具を鞄へ戻した。


 その答えも、ごく当たり前のものとして返ってきた。


 蓮はひなたを見る。


 昨日までなら、治癒魔法が得意だからこういうことをするのだと思っていた。


 けれど玲奈も、剣が得意だから前に立っているだけではなかった。


 そこには、今の玲奈になるまでの理由があった。


 なら、ひなたにもあるのかもしれない。


「ひなた」


「ん?」


 ひなたが顔を上げる。


 蓮は少しだけ迷ってから聞いた。


「ひなたは、どうして冒険者になったの?」


 ひなたの手が止まった。


「……私?」


「うん」


 美月と玲奈も、地図から顔を上げる。


 ひなたは蓮を見たまま、少し驚いたように瞬きをした。


「どうしてって……」


 すぐには答えなかった。


 蓮は待つ。


 やがて、ひなたは自分の鞄へ視線を落とした。


「私はね」


 少しだけ間を置く。


「最初から、冒険者になりたかったわけじゃないよ」


 その言葉は、蓮が思っていた答えとは少し違っていた。

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