第228話 知らなかったこと
翌日の昼前。
昨日の調査についてギルドから追加の連絡が来る可能性もあるため、今日は蓮たちの家に四人で集まることになっていた。
ひなたより少し早くやってきた玲奈は、リビングのテーブルに座りながら、昨日ひなたに治してもらった左腕を軽く動かしていた。
「痛い?」
向かいに座った蓮が聞く。
「もう大丈夫だよ」
「本当に?」
「本当に」
玲奈は腕を軽く曲げ伸ばししてみせた。
「ひなたに治してもらったし、元々大した怪我じゃなかったから」
「でも、次は気をつける?」
玲奈が一瞬黙る。
「……覚えてたんだ」
「昨日のことだから」
「そりゃそうか」
玲奈は苦笑したあと、素直に頷いた。
「気をつけるよ。前に立つのと、何でも自分で受けるのは違うって話でしょ?」
「うん」
「私も昨日、帰ってから少し考えた」
玲奈は自分の腕から視線を外す。
「昔は、後ろへ通さないようにすることばっかり考えてた時期もあったけど、今はあの頃と同じじゃないしね」
「同じじゃない?」
「一緒に戦ってる人が違うでしょ」
玲奈が蓮を見る。
「美月も、ひなたもいる。今は蓮もいる」
「うん」
「だったら、今の四人に合う動き方を覚えないとね」
蓮は少し考えてから頷いた。
「そっか」
昔の玲奈が身につけた戦い方が間違っていたわけではない。ただ、一緒に戦う仲間が変われば、自分の動き方も変わっていく。
玲奈は、それを当たり前のように受け入れているらしい。
◆
少しして、玄関のチャイムが鳴った。
美月が玄関へ向かい、ひなたを連れて戻ってくる。
「おはようございます」
「おはよう」
ひなたはリビングへ入ると、玲奈を見つけてすぐに左腕へ目を向けた。
「玲奈、腕は?」
「もう大丈夫」
「見せて」
「本当に平気だって」
「見せて」
「……はい」
玲奈が素直に腕を差し出す。
ひなたは傷があった場所を確認し、軽く触れて玲奈の反応を見る。
「痛くない?」
「痛くない」
「違和感は?」
「ない」
「なら大丈夫そう」
ひなたがようやく頷いた。
「昨日より素直だね」
美月が笑う。
「昨日注意されたから」
「反省してる?」
ひなたが聞く。
「してるって」
「ならいいけど」
ひなたはそう言って、ようやく玲奈の腕を離した。
蓮はそのやり取りを見ていた。
玲奈はいつも、美月やひなたの状態を気にしている。けれど、玲奈自身に何かあれば、今度はひなたがこうして玲奈を見る。
昨日もそうだった。玲奈の腕に傷があると分かった瞬間、ひなたはすぐに駆け寄っていた。
誰か一人が、ずっと誰かを守っているわけではない。
玲奈が前に立つ時もあれば、玲奈が支えられる時もある。
それも四人で戦うということなのかもしれない。
◆
四人が揃うと、美月が昨日の調査について話し始めた。
「今のところ、ギルドから追加の連絡は来てないよ」
「今日来る?」
蓮が聞く。
「それは分からないかな。昨日の報告を確認してから、次をどうするか決めるって言ってたし」
「そっか」
少し残念そうな蓮を見て、玲奈が笑う。
「やっぱり気になってるんだ」
「気になる」
「勝手に行くのは禁止だからね」
「分かってるよ」
昨日と同じことを言われ、蓮が答える。
その横で、ひなたが美月を見る。
「もしまた行くことになったら、回復薬とか少し増やした方がいいかな?」
「魔物が密集してる場所にもう一度入るなら、その方がいいかも」
「じゃあ一応、確認しておくね」
「お願い」
ひなたはすぐに頷いた。
蓮は三人を見る。
玲奈が前に立つ。
美月が判断する。
ひなたが後ろから支える。
今までなら、それぞれが得意なことをしているだけだと思っていた。
もちろん、それも間違いではない。
けれど、玲奈の話を聞いて分かったことがある。
今の玲奈は、最初から今の玲奈だったわけではない。剣が好きで、戦うことが楽しかった玲奈が、失敗して、考えて、何度も繰り返した結果、今の場所に立っている。
それなら。
美月にも。
ひなたにも。
蓮の知らない何かがあるのかもしれない。
◆
しばらく四人で話したあと、美月が飲み物を片付け始めた。
玲奈が使ったコップを運び、ひなたがそれを受け取って洗う。蓮も隣に立ち、洗い終わったものを拭いていく。
「蓮、それこっち」
「これ?」
「うん」
ひなたに言われ、洗い終わったコップを受け取る。
蓮はそれを拭きながら、三人を見た。
昨日までと何も変わらない。
美月も、玲奈も、ひなたも、いつも通りそこにいる。
それでも、蓮には少しだけ違って見えた。
玲奈が前に立つ理由を、昨日まで自分は知らなかった。
きっと、美月にもひなたにも、自分の知らないことがまだある。
今まで当たり前に見ていた三人の姿が、その日から少しずつ違って見え始めていた。




