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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第四部 アストラ編

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第227話 今の玲奈

「――それで、今に至るって感じかな」


 玲奈が話を終えた。


 リビングが少し静かになる。蓮は何も言わず、玲奈を見ていた。


 今日のダンジョンで何度も見た姿が頭に浮かぶ。敵が後ろへ抜けようとした瞬間に動いたこと。戦闘が終わればひなたの状態を確認し、休憩中には美月の魔力まで気にしていたこと。


 玲奈は、それを当たり前だと言っていた。


 今なら、その意味が少し分かる。


「そっか」


 蓮が呟く。


「それだけ?」


 玲奈が笑う。


「結構長く話したんだけど」


「考えてた」


「何を?」


「今日の玲奈」


「今日の私?」


「うん」


 蓮は少し言葉を探した。


「後ろに魔物が行った時、すぐ動いてた」


「ああ」


「俺も間に合ったし、美月も自分で戦えた。それでも玲奈が行った」


「うん」


「なんでか分からなかった」


 玲奈は黙って聞いている。


「でも、今はちょっと分かる」


「本当に?」


「たぶん」


「またたぶんなんだ」


 玲奈が笑った。


 蓮も少しだけ笑う。


「美月たちが自分で対処できるって分かってても、玲奈はその前に立とうとするんだね」


「……うん」


「それが玲奈の役目だから?」


 玲奈は少し考えてから頷いた。


「うん。たぶん、それが一番しっくりくる」


 美月も、ひなたも戦える。玲奈がすべてを守らなければ何もできないような二人ではない。


「別に、美月やひなたを信用してないわけじゃないよ」


「分かってる」


「むしろ信用してるから、自分の役割をやれるっていうか……」


 玲奈は少し困ったように笑う。


「うまく言えないけど」


「前に立つこと?」


「そう。それが私の役目だと思ってる」


 蓮は頷いた。


 玲奈が言っていた「当たり前」の意味が、ようやく少し分かった。最初から当たり前だったわけではない。何度も考えて、失敗して、それでも繰り返した結果、今の玲奈にとって当たり前になったのだ。


 けれど、蓮には一つだけ引っかかることがあった。


「でも」


「ん?」


「今日のは、ちょっと違わない?」


 玲奈が目を瞬いた。


「今日の?」


「玲奈が怪我した時」


「ああ……」


「美月は自分で止められた」


「うん」


「俺も間に合ってた」


「それも分かってたよ」


「なのに玲奈が入って、玲奈が怪我した」


 玲奈が少し黙る。


 ひなたも、美月も口を挟まなかった。


「……まあ、それはそうなんだけど」


「それも、前に立つってこと?」


 玲奈はすぐには答えなかった。


「…………」


「俺は違うと思う」


 玲奈が蓮を見る。


「玲奈が怪我していいってことじゃないでしょ」


「……うん」


「美月も戦える。ひなたも自分を守れる。俺もいる」


「うん」


「四人で戦ってるんだから、玲奈だけが全部止めなくてもいいと思う」


 玲奈はしばらく何も言わなかった。


 やがて、小さく息を吐く。


「分かってるつもりなんだけどね」


「つもり?」


「うん。頭では分かってる」


 玲奈は自分の左腕を見る。今日、ひなたに治してもらった場所だった。


「ああいう時、身体が先に動くんだよ」


「当たり前になってるから?」


「たぶんね」


 玲奈が苦笑する。


「昔は、前に立つことを覚えようとしてたのにね。今度は無理に入らないようにしないといけないのかも」


「その方がいいと思う」


「即答だね」


「だって怪我したから」


 玲奈は蓮を見た。


 少しだけ間を置いてから、素直に頷く。


「……うん。ごめん」


「俺に?」


「蓮にも。美月にも、ひなたにも」


 玲奈は三人を順番に見る。


「心配かけたし、自分で対応できるところに無理に入ったのもよくなかった。次から気をつける」


「うん」


 蓮が頷いた。


 そこで、ひなたが口を開く。


「私も蓮に賛成」


「やっぱり?」


「玲奈、自分が怪我しても『これくらい大丈夫』って言うから」


「……それも気をつける」


「本当に?」


「本当に」


 美月も少し笑う。


「玲奈が前にいてくれるのは助かるよ。でも、玲奈が傷つく前提で戦いたいわけじゃないから」


「うん。分かってる」


 今日の玲奈は笑って流さなかった。


「ちゃんと覚えとく」


      ◆


 少しして、美月が蓮を見る。


「聞いてみてどうだった?」


「聞いてよかった」


「そっか」


「俺、玲奈は最初から玲奈みたいだったと思ってた」


「どういう意味?」


 玲奈が聞く。


「今みたいに、ずっとみんなの前に立ってたのかなって」


「ああ」


 玲奈は小さく笑った。


「そんなわけないよ」


「今日分かった」


「最初なんて、自分が戦うので精一杯だったしね」


「でも剣は好きだった」


「それは今も変わらない」


「強くなりたいのも?」


「変わらないよ」


 玲奈は迷わず答える。


「強くなりたいし、もっと上手くなりたい。それ自体は悪いことじゃないと思ってる」


「うん」


「ただ、それだけじゃなくなったってだけ」


 蓮はその言葉を聞きながら、自分の十年間を思い出す。


 自分は、生きるために強くなった。強くならなければ死ぬから戦い、無理なら逃げた。少しでも生き残るために、できることを増やしてきた。


 玲奈は違う。


 最初は剣を振ることが楽しくて、強くなることが嬉しかった。けれど、仲間が傷ついたことで、自分が前に立つ意味を考えるようになった。


 同じように強さを求めても、そこへ至る理由は違う。


「玲奈」


「何?」


「冒険者になったこと、後悔してる?」


 玲奈は少しだけ驚いたように蓮を見る。


 それから、すぐに笑った。


「してないよ」


 答えに迷いはなかった。


「嫌なこともあったし、怖いこともあった。でも、冒険者になったから分かったこともたくさんある」


「そっか」


「うん」


 玲奈は手元の剣を見る。


「それに、今も剣は好きだしね」


「そこは変わらないんだ」


「変わらないよ」


 玲奈が笑う。


 蓮も少しだけ笑った。


 今日まで知らなかった玲奈を、一つ知った。


 いつも自分たちの前を歩いている玲奈の背中が、少しだけ前より違って見えた。


 同時に、その背中を任せきりにするのも違うのだと、蓮は思った。


 今はもう、玲奈一人が前に立っているわけではない。


 四人で戦っているのだから。

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