第227話 今の玲奈
「――それで、今に至るって感じかな」
玲奈が話を終えた。
リビングが少し静かになる。蓮は何も言わず、玲奈を見ていた。
今日のダンジョンで何度も見た姿が頭に浮かぶ。敵が後ろへ抜けようとした瞬間に動いたこと。戦闘が終わればひなたの状態を確認し、休憩中には美月の魔力まで気にしていたこと。
玲奈は、それを当たり前だと言っていた。
今なら、その意味が少し分かる。
「そっか」
蓮が呟く。
「それだけ?」
玲奈が笑う。
「結構長く話したんだけど」
「考えてた」
「何を?」
「今日の玲奈」
「今日の私?」
「うん」
蓮は少し言葉を探した。
「後ろに魔物が行った時、すぐ動いてた」
「ああ」
「俺も間に合ったし、美月も自分で戦えた。それでも玲奈が行った」
「うん」
「なんでか分からなかった」
玲奈は黙って聞いている。
「でも、今はちょっと分かる」
「本当に?」
「たぶん」
「またたぶんなんだ」
玲奈が笑った。
蓮も少しだけ笑う。
「美月たちが自分で対処できるって分かってても、玲奈はその前に立とうとするんだね」
「……うん」
「それが玲奈の役目だから?」
玲奈は少し考えてから頷いた。
「うん。たぶん、それが一番しっくりくる」
美月も、ひなたも戦える。玲奈がすべてを守らなければ何もできないような二人ではない。
「別に、美月やひなたを信用してないわけじゃないよ」
「分かってる」
「むしろ信用してるから、自分の役割をやれるっていうか……」
玲奈は少し困ったように笑う。
「うまく言えないけど」
「前に立つこと?」
「そう。それが私の役目だと思ってる」
蓮は頷いた。
玲奈が言っていた「当たり前」の意味が、ようやく少し分かった。最初から当たり前だったわけではない。何度も考えて、失敗して、それでも繰り返した結果、今の玲奈にとって当たり前になったのだ。
けれど、蓮には一つだけ引っかかることがあった。
「でも」
「ん?」
「今日のは、ちょっと違わない?」
玲奈が目を瞬いた。
「今日の?」
「玲奈が怪我した時」
「ああ……」
「美月は自分で止められた」
「うん」
「俺も間に合ってた」
「それも分かってたよ」
「なのに玲奈が入って、玲奈が怪我した」
玲奈が少し黙る。
ひなたも、美月も口を挟まなかった。
「……まあ、それはそうなんだけど」
「それも、前に立つってこと?」
玲奈はすぐには答えなかった。
「…………」
「俺は違うと思う」
玲奈が蓮を見る。
「玲奈が怪我していいってことじゃないでしょ」
「……うん」
「美月も戦える。ひなたも自分を守れる。俺もいる」
「うん」
「四人で戦ってるんだから、玲奈だけが全部止めなくてもいいと思う」
玲奈はしばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「分かってるつもりなんだけどね」
「つもり?」
「うん。頭では分かってる」
玲奈は自分の左腕を見る。今日、ひなたに治してもらった場所だった。
「ああいう時、身体が先に動くんだよ」
「当たり前になってるから?」
「たぶんね」
玲奈が苦笑する。
「昔は、前に立つことを覚えようとしてたのにね。今度は無理に入らないようにしないといけないのかも」
「その方がいいと思う」
「即答だね」
「だって怪我したから」
玲奈は蓮を見た。
少しだけ間を置いてから、素直に頷く。
「……うん。ごめん」
「俺に?」
「蓮にも。美月にも、ひなたにも」
玲奈は三人を順番に見る。
「心配かけたし、自分で対応できるところに無理に入ったのもよくなかった。次から気をつける」
「うん」
蓮が頷いた。
そこで、ひなたが口を開く。
「私も蓮に賛成」
「やっぱり?」
「玲奈、自分が怪我しても『これくらい大丈夫』って言うから」
「……それも気をつける」
「本当に?」
「本当に」
美月も少し笑う。
「玲奈が前にいてくれるのは助かるよ。でも、玲奈が傷つく前提で戦いたいわけじゃないから」
「うん。分かってる」
今日の玲奈は笑って流さなかった。
「ちゃんと覚えとく」
◆
少しして、美月が蓮を見る。
「聞いてみてどうだった?」
「聞いてよかった」
「そっか」
「俺、玲奈は最初から玲奈みたいだったと思ってた」
「どういう意味?」
玲奈が聞く。
「今みたいに、ずっとみんなの前に立ってたのかなって」
「ああ」
玲奈は小さく笑った。
「そんなわけないよ」
「今日分かった」
「最初なんて、自分が戦うので精一杯だったしね」
「でも剣は好きだった」
「それは今も変わらない」
「強くなりたいのも?」
「変わらないよ」
玲奈は迷わず答える。
「強くなりたいし、もっと上手くなりたい。それ自体は悪いことじゃないと思ってる」
「うん」
「ただ、それだけじゃなくなったってだけ」
蓮はその言葉を聞きながら、自分の十年間を思い出す。
自分は、生きるために強くなった。強くならなければ死ぬから戦い、無理なら逃げた。少しでも生き残るために、できることを増やしてきた。
玲奈は違う。
最初は剣を振ることが楽しくて、強くなることが嬉しかった。けれど、仲間が傷ついたことで、自分が前に立つ意味を考えるようになった。
同じように強さを求めても、そこへ至る理由は違う。
「玲奈」
「何?」
「冒険者になったこと、後悔してる?」
玲奈は少しだけ驚いたように蓮を見る。
それから、すぐに笑った。
「してないよ」
答えに迷いはなかった。
「嫌なこともあったし、怖いこともあった。でも、冒険者になったから分かったこともたくさんある」
「そっか」
「うん」
玲奈は手元の剣を見る。
「それに、今も剣は好きだしね」
「そこは変わらないんだ」
「変わらないよ」
玲奈が笑う。
蓮も少しだけ笑った。
今日まで知らなかった玲奈を、一つ知った。
いつも自分たちの前を歩いている玲奈の背中が、少しだけ前より違って見えた。
同時に、その背中を任せきりにするのも違うのだと、蓮は思った。
今はもう、玲奈一人が前に立っているわけではない。
四人で戦っているのだから。




