第226話 前に立てる人に
それから玲奈は、何度もダンジョンへ入った。
最初のうちは、周囲を意識するだけで動きが遅れた。自分の相手を見ながら仲間の位置を確認し、敵が動けばその先まで考える。それまでなら自然に振れていた剣が、考えることが増えた途端に重くなったように感じることもあった。
それでも、玲奈は続けた。
自分の相手を倒すだけではなく、前線全体を見る。追える相手でも、自分が動けば後ろが空くなら残る。逆に仲間が位置を変えれば、その空いた場所へ自分が入る。
少しずつ、それができるようになっていった。
「玲奈、左抜ける!」
「分かった!」
仲間の声に反応し、玲奈が一歩横へ動く。
魔物が通ろうとした場所へ先に入り、剣で攻撃を受け流す。以前ならそのまま反撃して追いかけていたところで、玲奈は足を止めた。
後ろを見る。
二人ともいる。中央も崩れていない。
「今!」
玲奈が声を上げる。
後方から攻撃が入り、魔物の体勢が崩れた。そこで初めて玲奈が踏み込み、剣を振り抜く。
魔物が岩床へ倒れた。
「次、右!」
「うん!」
玲奈はすぐに次の位置へ動く。
以前より倒すまでに時間がかかることもある。けれど、不思議と焦らなくなっていた。
自分が一番早く敵を倒す必要はない。パーティーが崩れなければ、それでいい。
◆
依頼を終えてギルドへ戻った日。
「玲奈」
後ろから名前を呼ばれた。
振り返った玲奈は、少し目を見開く。
「……もう大丈夫なの?」
そこにいたのは、あの日怪我をした仲間だった。
まだ完全に元通りというわけではないらしい。動きには少し慎重さが残っている。それでも、自分の足で普通に歩いていた。
「もう日常生活なら問題ないって」
「ダンジョンは?」
「まだ止められてる」
「そっか」
「そんな顔するなよ」
「どんな顔?」
「今にも謝りそうな顔」
言われて、玲奈は黙った。
仲間が少し笑う。
「やっぱり」
「……ごめん」
「ほら」
「でも」
玲奈はそこで言葉を止めた。ずっと言わなければならないと思っていた。
「あの日、私が追わなかったら――」
「玲奈」
言葉を遮られる。
「お前が前に出たことで、あそこが空いたのは事実だよ」
「……うん」
「でも、それだけが全部じゃない。こっちも対応できると思ってたし、戦ってた全員に判断する場面があった」
玲奈は何も言わない。
「だから、反省するなって言ってるんじゃない」
「…………」
「ずっと自分だけを責め続けるのは違うって言ってるの」
玲奈はしばらく俯いていた。
「最近、一緒に入った人から聞いたよ」
「何を?」
「玲奈、戦い方変わったって」
「……誰から?」
「秘密」
「何それ」
少しだけ、以前のように言葉が返った。
相手も笑う。
「前より周りを見るようになったって」
「まだ全然だけど」
「それなら、それでいいんじゃない?」
玲奈は自分の手を見る。
「私ね」
「うん」
「前は、強くなればいいと思ってた」
「知ってる」
「敵を早く倒せれば、それだけ役に立てるって」
「うん」
「今も強くなりたいのは変わらない」
剣が上手くなりたい。もっと強い魔物とも戦えるようになりたい。その気持ちまでなくなったわけではない。
「でも、それだけじゃ足りないんだって思った」
玲奈はゆっくり顔を上げる。
「私が前にいる時、後ろには誰かいるから」
仲間は何も言わずに聞いていた。
「あの日みたいに、後ろへ抜かれてから追いかけるんじゃなくて、その前に止めたい」
「うん」
「みんなが自分で戦えるのは分かってる。でも、それでも」
玲奈は少し考えた。
そして、ようやく言葉にする。
「私は、前に立てる人になりたい」
敵を一番倒す人ではない。一番目立つ人でもない。
自分の後ろに誰かがいるなら、その人たちより前に立つ。敵が抜けようとするなら、まず自分がそこにいる。
今の玲奈には、それが一番しっくりきた。
「そっか」
仲間が笑う。
「玲奈らしいんじゃない?」
「そうかな」
「少なくとも、前よりは安心して後ろにいられそう」
「……それ褒めてる?」
「褒めてるよ」
玲奈も少し笑った。
◆
それからも、玲奈は剣を振り続けた。
強くなりたいという気持ちは変わらない。けれど、見るものは増えた。
自分の前にいる敵だけではない。隣で戦う仲間。後ろにいる仲間。誰が疲れているのか、誰に余裕があるのか、どこが空けば危ないのか。
最初からできたわけではない。失敗もしたし、間に合わなかったこともある。それでも繰り返すうちに、少しずつ身体へ染み込んでいった。
敵が後ろへ抜ければ、考えるより先に身体が動く。仲間が疲れていれば、自然とその様子を見る。
いつの間にか、それは玲奈にとって特別なことではなくなっていた。
敵を倒すためだけではない。
自分の後ろにいる誰かを守れるように。
前に立つ。
それが、玲奈の戦い方になった。




