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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第四部 アストラ編

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225/559

第225話 後ろを見る

 事故からしばらく経った。


 怪我をした仲間は順調に回復していた。すぐにダンジョンへ戻れる状態ではなかったが、命に別状はなく、後遺症が残る可能性も低いと聞いている。そのことに安心しても、玲奈の中に残ったものは消えなかった。


 再び依頼を受ける日。玲奈はギルドで剣を握りながら、以前言われた言葉を思い出していた。


 ――自分の前だけじゃなくて、後ろも見てみろ。


「玲奈」


「ん?」


「大丈夫か?」


 以前一緒にダンジョンへ入った男が、玲奈の顔を見る。


「大丈夫」


「今日は無理するなよ」


「うん」


 玲奈は短く答えた。


 今回も複数人での依頼だった。ただし、怪我をした仲間は当然いない。別の冒険者が加わり、四人でダンジョンへ向かう。


 玲奈は以前と同じように前寄りの位置に入った。けれど、気持ちは以前とは違っていた。


      ◆


 最初の戦闘は、ダンジョンへ入ってそれほど経たないうちに起きた。


「前に二体」


 後ろから声が飛ぶ。


 玲奈は剣を抜いた。


 一体が正面から近づいてくる。いつもなら、その魔物だけを見ていた。どう受けるか、どこへ斬るか、何回で倒せるか。


 けれど今日は、玲奈の視線が一度だけ後ろへ向いた。少し離れた場所に仲間がいる。中央を担当する男。その後ろに二人。


「……いる」


「何が?」


「何でもない」


 玲奈は前を向く。


 魔物が飛び込んできた。玲奈は爪を剣で受け流す。反撃できる距離だったが、いつものようには踏み込まず、一度その場に止まった。


 魔物が後ろへ下がる。


 追えば倒せる。


 ほんの数歩。


 事故の日と同じだった。


 玲奈は追わず、その場で構えた。


「玲奈?」


 仲間の声が聞こえる。


「来るの待つ」


「分かった」


 魔物がもう一度飛び込んでくる。今度は玲奈のいる位置まで自分から戻ってきた。


 玲奈は攻撃を流し、そのまま剣を振る。魔物が倒れると、すぐに周囲へ視線を向けた。


 後ろにいる仲間たち。


 全員いる。


「……よし」


 小さく呟いた。


      ◆


 その後も、玲奈は以前とは少し違う戦い方を続けていた。


 自分の相手だけではなく、仲間がどこにいるのか、自分が一歩動けばどこが空くのか、敵が横へ回れば誰のところへ行くのか。今まで意識していなかったものまで、急に目に入るようになった。


 そのせいで、最初は動きが遅れた。


「玲奈、右!」


「分かってる!」


 反応が一瞬遅れる。剣で攻撃を受け止めることはできたが、以前のように気持ちよく身体が動かない。


「……やりにくい」


 戦闘が終わったあと、玲奈が呟いた。


「何が?」


「全部見るの」


 男が少し笑う。


「最初からできるわけないだろ」


「でも、前より下手になった気がする」


「そう見えるか?」


「うん」


「俺にはそう見えないけどな」


 玲奈が男を見る。


「さっき、倒せそうだったのに追わなかった」


「それで?」


「前なら追ってた」


「でも今日は残った」


「……うん」


「それで後ろには抜かれてない」


 玲奈は少し黙った。


「でも、倒せたと思う」


「かもしれないな」


「じゃあ追った方がよかった?」


「そこを自分で考えるんだよ」


「またそれ?」


「またそれ」


 男が笑う。


「今日は前より周り見えてるぞ」


「動き遅いけど」


「そのうち両方できるようになる」


 玲奈は少し不満そうな顔をした。


「簡単に言うね」


「簡単じゃないから言ってる」


 玲奈は返事をしなかった。


      ◆


 さらに奥へ進んだところで、三体の魔物と遭遇した。


 一体が玲奈、一体が中央。もう一体が少し離れた場所を動いている。事故の日と似た形だった。


 玲奈の身体が一瞬固くなる。


「玲奈」


「……大丈夫」


 剣を構える。


 一体目が飛び込んでくる。玲奈は攻撃を受け流して反撃し、魔物を後ろへ下がらせた。


 追えば届く距離だったが、玲奈はその場に残った。


 中央を見る。問題ない。後ろにいる二人も見える。


 その時、三体目が右側へ動いた。


「来る!」


 玲奈が声を上げる。


 三体目が後方へ回り込もうとしていた。


「玲奈、そっちは任せろ!」


 中央にいた男がすぐに位置をずらした。自分が相手をしていた魔物を押し返しながら、玲奈の正面にいた魔物の進路も塞げる位置へ入る。


「行け!」


「うん!」


 玲奈は男が入ったことを確認してから横へ走った。


 自分がいた場所は空いていない。そこには今、仲間がいる。


 三体目が後方へ抜ける前に、玲奈はその進路へ入った。


「こっちは通さない!」


 剣で攻撃を受ける。衝撃が腕へ伝わった。


 魔物が横へ回ろうとすると、玲奈もそれに合わせて位置を変える。倒しに行くのではなく、後ろへ抜ける道を塞ぐ。


「玲奈、そのまま!」


「うん!」


 後ろから仲間の攻撃が入る。


 魔物が怯んだ。


 玲奈はそこで初めて踏み込み、一撃を入れる。魔物が倒れると、すぐに中央へ振り返った。


 男は二体を相手にしながら位置を保っている。


「戻る!」


「頼む!」


 玲奈はすぐに駆け戻った。


 今度は二人で前へ並ぶ。一体を男が受け、もう一体を玲奈が止める。後ろから支援が入り、しばらくして一体が倒れ、最後の魔物も四人で仕留めた。


      ◆


 戦闘が終わる。


「怪我ない?」


 玲奈が振り返った。


 三人が少し驚いたように玲奈を見る。


「何?」


「いや」


 男が笑った。


「玲奈から最初にそれ聞かれると思わなかった」


「……悪い?」


「悪くない」


 後ろにいた一人が腕や身体を確認する。


「大丈夫。誰も怪我してないよ」


「そっか」


 玲奈は小さく息を吐いた。


 今日の戦いは、以前ほど気持ちよくなかった。倒せそうな敵を追わなかったし、周囲を意識したせいで動きが遅れた場面もある。自分だけを見れば、前より下手になったようにも感じる。


 それでも、少なくとも今度は誰も後ろへ抜かせなかった。三人とも、自分の後ろに立っている。


 玲奈は仲間たちを見る。


 まだ分かったとは言えない。これが正しい戦い方なのか、自信もない。


 けれど、事故の日には見えていなかったものが、今日は少しだけ見えた気がした。自分が立っている場所だけではない。自分が動いたあとに何が残り、その後ろに誰がいるのか。


 玲奈はもう一度前を向き、剣を握り直した。

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