第223話 一瞬の判断
三体の魔物が、低い唸り声を上げながらこちらを睨んでいる。
玲奈たちはすぐに位置を整えた。昨日玲奈を誘った男が中央の前。玲奈がその左側へ出る。残る二人は少し後ろに位置取り、前の二人を支援できる距離を保った。
「来るぞ」
「うん」
三体が地面を蹴った。
一体は玲奈へ。
一体は中央の男へ。
残る一体は少し右へ広がりながら、こちらの様子を窺っている。
玲奈は一度だけ周囲を確認した。
男も正面の一体を受け止めている。後ろの二人も動けている。右側の一体も、まだ飛び込んではこない。
問題ない。
玲奈は自分の正面へ意識を戻した。
魔物の爪が振るわれる。
玲奈は半歩横へ動き、剣で攻撃を外へ流した。そのまま身体の崩れたところへ踏み込み、横腹を斬る。
刃が深く入った。
「よし」
魔物が苦しそうな声を上げて後退する。
さっきまでの戦闘より、きれいに決まった。
訓練してきた動きが、実戦でも自分のものになり始めている。
玲奈はすぐに周囲を見る。
中央はまだ崩れていない。
右側の一体も、仲間たちの様子を窺うように動いているだけだ。
玲奈の相手はすでに傷を負っている。
あと一撃。
そう思った。
◆
玲奈が前へ出る。
魔物はさらに数歩後ろへ下がった。
「玲奈、追いすぎるな!」
中央から声が飛ぶ。
「大丈夫!」
玲奈にも聞こえていた。
無理に追うなと言われていたことも覚えている。
それでも、目の前の魔物はもう弱っていた。
ここで倒せる。
倒してしまえば、すぐに戻れる。
ほんの数歩だった。
玲奈はもう一度踏み込む。
魔物が爪を振るう。
受け流す。
身体が開いた。
「っ!」
玲奈の剣が横腹を深く斬り裂く。
魔物が岩床へ倒れた。
今度こそ動かない。
「やった――」
玲奈はすぐに振り返った。
その瞬間。
「後ろ!」
仲間の声が響いた。
「え?」
玲奈がいたはずの場所。
左側の前衛。
そこが大きく空いていた。
先ほどまで右側にいた三体目の魔物が、その空いた場所へ回り込んでいる。
玲奈が敵を追って数歩前へ出たことで、前と後ろの間に道ができていた。
「っ!」
玲奈が走り出す。
魔物はすでに後方の二人へ向かっていた。
「そっち行った!」
一人が武器を構える。
もう一人もすぐに距離を取ろうとする。
無防備ではない。
まだ間に合う。
玲奈はそう思った。
だが、中央でも戦闘は続いている。
「くっ……!」
男が正面の魔物の攻撃を受け流し、一歩横へ動いた。
その魔物まで、後方へいる仲間を視界に捉える。
「まずい!」
男がすぐに追う。
一体目は、玲奈の空けた場所から後方へ。
もう一体も中央から横へ流れたことで、後ろにいた仲間の近くへ寄っていく。
「二体……!」
後方にいた仲間の声が上がる。
一体目の爪を武器で受ける。
金属音が響いた。
身体がよろめく。
そこへ、もう一体が踏み込んだ。
「待って!」
玲奈は走る。
距離が縮まる。
剣を伸ばせば届きそうなところまで来た。
けれど。
ほんの少しだけ、遅かった。
「――っ!」
魔物の爪が振り抜かれる。
鈍い音が響いた。
仲間の身体が岩壁へ叩きつけられる。
「……え」
玲奈の足が一瞬止まりかけた。
壁を滑るように仲間が倒れる。
服が裂け、その下から赤いものが広がっていく。
「玲奈! 止まるな!」
男の声が飛んだ。
「……っ!」
玲奈は我に返る。
仲間へさらに近づこうとしている魔物の前へ飛び込んだ。
「行かせない!」
振るわれた爪を剣で受ける。
もう一度、後ろへ行かせてはいけない。
そのことしか考えられなかった。
横から別の魔物が動く。
玲奈はそちらにも目を向ける。
「玲奈、そのまま押さえて!」
「うん!」
男が追いついた。
残っていたもう一人の仲間も加わる。
三人で二体を相手にする。
今度は玲奈も前から動かなかった。
魔物が横へ逃れようとすれば塞ぐ。
後ろへ抜けようとすれば剣を合わせる。
しばらくして一体が倒れ、最後の一体も男の攻撃を受けて岩床へ崩れた。
◆
「大丈夫!?」
最後の魔物が倒れた瞬間、玲奈は剣を置いて、倒れている仲間へ駆け寄った。
「おい、聞こえるか!」
男もすぐにしゃがみ込む。
「……う……」
かすかな返事があった。
意識はある。
けれど、脇腹から血が流れている。
「血……」
玲奈の声が震えた。
「止血する。玲奈、荷物!」
「う、うん!」
玲奈はすぐに荷物を開く。
だが、手が思うように動かなかった。
「これ?」
「違う、そっちじゃない。止血用の!」
「ごめん!」
慌てて取り出し、渡す。
男が傷口を確認しながら応急処置を始める。
「……大丈夫?」
玲奈が聞く。
返事はない。
「大丈夫、だよね?」
「今は喋らせるな」
「でも……」
「意識はある。まず血を止める」
「……うん」
玲奈は黙った。
目の前にいる仲間を見る。
少し前まで普通に話していた。
自分の戦いも順調だった。
目の前の魔物も、ちゃんと倒した。
それなのに、今は仲間が血を流している。
「…………」
頭の中で、さっきの戦闘が何度も繰り返される。
傷ついた魔物が下がった。
あと一撃だと思った。
数歩だけ追った。
倒して、振り返った。
そこにはもう、魔物が抜けていた。
「玲奈」
男に呼ばれる。
「……何?」
「戻るぞ」
「うん」
「歩ける奴で交代しながら運ぶ」
「私が運ぶ」
玲奈はすぐに言った。
「玲奈」
「私が運ぶ」
もう一度、同じ言葉を口にする。
男は玲奈を少し見たあと、何も言わず頷いた。
「分かった。途中で無理だと思ったらすぐ言え」
「うん」
玲奈は倒れている仲間のそばへしゃがみ込んだ。
さっきまで剣を握っていた手が、まだ少し震えている。
自分は今日、うまく戦えていた。
そのはずだった。
なのに、仲間が怪我をした。
玲奈にはまだ、その二つがうまくつながらなかった。




