第221話 剣を振るうのが楽しかった
――冒険者になったばかりの頃。
玲奈にとって、ダンジョンは怖い場所であると同時に、それ以上に新鮮な場所だった。
「よし」
剣を握り直し、目の前にいる魔物を見る。
四本足の小型の魔物が低い姿勢でこちらを睨んでいた。玲奈の後ろには、今日一緒にダンジョンへ入った冒険者たちがいる。
「来るぞ」
「分かってる!」
前にいた男の声に答えた直後、魔物が地面を蹴った。
玲奈も前へ出る。
横から振るわれた爪を剣で受け、勢いを流す。そのまま身体を回し、空いた胴へ剣を叩き込んだ。
魔物が地面へ倒れる。
「やった!」
「玲奈、次!」
「あ」
すぐ横から声が飛ぶ。
玲奈が振り返ると、少し離れた場所でもう一体を相手に仲間が戦っていた。
「今行く!」
玲奈はすぐに駆け出した。
◆
しばらくして、戦闘が終わった。
玲奈は剣についた血を払い、息を整える。
「さっきの、結構よかったでしょ?」
一緒に戦っていた冒険者へ聞く。
「最初の一体はな」
「最初の一体は?」
「倒したあと、次を見るのが遅かった」
「分かってる。ちょっと遅れただけ」
「そのちょっとが、パーティーだと危ないんだよ」
「でも間に合ったでしょ?」
「今回はな」
男は少し呆れたように笑った。
玲奈も意味は分かっていた。周囲を見ることも、仲間の位置を確認することも必要だ。
ただ、それ以上に自分の剣がうまく決まったことの方が嬉しかった。
昨日より速く動けた。
前なら受けるだけだった攻撃を流せた。
そして、自分の一撃で魔物を倒せた。
「次、どっち?」
玲奈が聞く。
「少し休んでからだ」
「まだ全然動けるよ?」
「お前が動けても、他が同じとは限らないだろ」
「……あ」
玲奈はそこで初めて、少し後ろにいる仲間を見る。
一人が岩に腰を下ろし、水を飲んでいた。
「ごめん」
「謝るほどじゃないよ」
そう言って笑われる。
玲奈も少し笑った。
その時は、それ以上深く考えなかった。
◆
冒険者になってから、玲奈は何度もダンジョンへ入った。
最初は剣を振るだけで精一杯だった。魔物が怖くなかったわけではない。初めて大きな魔物を見た時は足が止まったし、自分の剣が通らなかった時には本気で逃げたこともある。
それでも続けた。
一度できなかったことが、次にはできる。避けられなかった攻撃を避けられ、受けきれなかった一撃を受け流せるようになる。魔物の動きも、少しずつ読めるようになっていった。
それが面白かった。
「玲奈、また訓練?」
ギルドの訓練場で剣を振っていると、知り合いの冒険者に声を掛けられた。
「うん」
「昨日もダンジョン入ってなかった?」
「入ったよ」
「疲れてないの?」
「これくらい平気」
「元気だなあ」
相手が笑う。
玲奈も笑い返し、そのまま剣を振った。
もっと上手くなりたい。もっと強くなりたい。もっといろんな魔物と戦ってみたい。
当時の玲奈にとって、それで十分だった。
◆
冒険者になったばかりの頃、玲奈には固定のパーティーがなかった。
ギルドで募集されている依頼に合わせ、その時々で何人かと組む。顔を合わせる回数が増れば、同じ相手と何度もダンジョンへ入ることもあった。
その日もそうだった。
「玲奈、明日空いてる?」
ギルドで声を掛けてきたのは、これまで何度か一緒に依頼を受けた冒険者だった。
「空いてるよ」
「じゃあ一緒に行かない? 一人足りなくてさ」
「どこ?」
依頼書を受け取る。
そこには、玲奈も何度か入ったことのあるダンジョンの名前が書かれていた。
「ここなら大丈夫」
「決まりだな」
「何人?」
「四人。玲奈入れて四人」
「分かった」
玲奈は迷わず頷いた。
知っているダンジョン。何度か組んだことのある相手。危険度も、当時の玲奈たちにとって無理のあるものではない。
だから、特別な不安はなかった。
むしろ玲奈が考えていたのは、最近覚えた動きを実戦で試すことだった。前回よりどれくらい上手く戦えるようになったのか、自分で確かめたかった。
「楽しみ」
「玲奈は本当にダンジョン好きだな」
「だって面白いじゃん」
「そのうち痛い目見るぞ」
「その前に強くなればいいでしょ」
「そういう問題か?」
相手が苦笑する。
玲奈は気にせず、依頼書を返した。
明日の依頼も、いつもと同じように終わると思っていた。




