第220話 玲奈が冒険者になった理由
食事を終えたあとも、四人はしばらくリビングに残っていた。
美月は調査記録を確認し、ひなたはソファで飲み物を飲んでいる。玲奈は少し離れたところで剣の手入れを続けていた。
蓮は、その玲奈を見る。
さっきまで頭の中にあった疑問は、もう曖昧なものではなかった。
「玲奈」
「ん?」
玲奈が顔を上げる。
「玲奈って、なんで冒険者になったの?」
「……私?」
「うん」
玲奈は少し意外そうな顔をした。
「急だね」
「今日ずっと気になってたから」
「ああ……」
玲奈はそこで何かを思い出したらしく、小さく笑った。
「だからダンジョンであんなに見てたんだ」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
ひなたも二人の会話に気づき、ソファから顔を上げる。
「玲奈が冒険者になった理由?」
「うん」
蓮が答える。
美月も調査記録から視線を外した。
「そういえば、蓮は知らないんだね」
「知らない」
「私たちは前に聞いたことあるけどね」
ひなたが言う。
「全部?」
「全部ってほどじゃないけど」
玲奈が剣を布の上へ置いた。
「二人には昔、少し話したことがあるから」
「じゃあ、俺も聞いていい?」
玲奈は少し考えてから頷いた。
「別にいいけど、そんなに格好いい理由じゃないよ?」
「いいよ」
「人を守りたかったとか、誰かの役に立ちたかったとか、そういうのでもないし」
「それでも聞きたい」
蓮が答えると、玲奈は少しだけ困ったように笑った。
「分かった」
美月が調査記録を閉じる。
「じゃあ私たちも聞いていい?」
「知ってるでしょ」
「久しぶりに聞くのもいいかなって」
「ひなたは?」
「聞く」
「即答だね」
「だって玲奈、自分から昔の話あんまりしないし」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
玲奈は少し考えたあと、諦めたように息を吐いた。
「じゃあ、話すけど」
蓮は玲奈の方へ身体を向けた。
◆
「最初はね、本当に単純だったよ」
玲奈が口を開く。
「身体を動かすのが好きで、剣も好きだった」
「子どもの頃から?」
「うん。本物じゃないけどね。木の棒とか、おもちゃの剣とか振り回してた」
玲奈は少し懐かしそうに笑う。
「走るのも好きだったし、じっとしてるより外で遊んでる方が好きだった」
「じゃあ、最初から冒険者になりたかった?」
「それは違うよ。そもそも、その頃は冒険者なんて仕事なかったし」
「あ」
「ダンジョンが出てきてからだね」
玲奈は少し視線を上げる。
「ニュースとかで冒険者を見るようになって、単純にすごいなって思った」
「すごい?」
「剣持ってダンジョンに入って、魔物と戦うんだよ?」
玲奈が笑う。
「当時の私には、すごく面白そうに見えた」
「怖くなかった?」
「怖いとも思ったよ。でも、それ以上にやってみたかった」
見たことのない場所へ入り、魔物と戦う。
剣を振り、自分の力で先へ進む。
玲奈にとっては、それだけで十分に魅力的だったらしい。
「だから冒険者になった?」
「うん。最初はそれだけ」
「人を守りたかったわけじゃない?」
「全然」
玲奈はあっさり答えた。
「むしろ、その頃の私は自分が戦うことしか見てなかったと思う」
「今と違う?」
「うん」
玲奈の表情が少し変わる。
「全然違う」
蓮は黙って玲奈を見る。
「戦うのは楽しかったよ。剣を使って、魔物を倒して、昨日できなかったことができるようになって」
「強くなるのが?」
「うん。それが分かるのが嬉しかった」
蓮には、その感覚が少し分かった。
自分の場合は、生きるために強くなるしかなかった。それでも、できなかったことができるようになる感覚そのものは知っている。
「だから、その頃は」
玲奈が自分の手を見る。
「冒険者になった理由と、続けてた理由もほとんど同じだったんだと思う」
「戦うのが楽しかったから?」
「そう」
玲奈は頷いた。
「少なくとも最初はね」
「最初は?」
「うん」
玲奈は少し黙った。
さっきまでの軽い口調が、ほんの少しだけ変わる。
「途中で、変わったんだよ」
「何が?」
「私が冒険者をやる理由」
蓮は玲奈を見る。
「何かあった?」
「あった」
玲奈は短く答えた。
美月も、ひなたも何も言わない。
二人はその先を知っているのだろう。
「変わったきっかけがあったんだよ」
「きっかけ?」
「……一人」
玲奈はそこで一度言葉を切った。
「昔、一緒にダンジョンへ入ってた仲間が、大きな怪我をしたことがあるの」
蓮の表情が変わる。
「仲間が?」
「うん」
玲奈は手元の剣へ視線を落とした。
その先の言葉は、すぐには出てこなかった。




