第219話 知らない玲奈
家へ戻った四人は、それぞれ荷物を片付け始めた。
ダンジョンで使った装備を確認し、持ち帰った物を整理する。蓮もアイテムボックスの中へ入れていた調査道具を取り出し、使ったものと使わなかったものを分けていった。
「これで全部?」
美月が机の上を見る。
「たぶん」
「たぶんじゃ困るんだけど」
「じゃあ、確認する」
蓮がもう一度アイテムボックスの中を確かめると、玲奈が横から笑った。
「蓮でも忘れ物するの?」
「忘れたことはないよ」
「じゃあ大丈夫じゃん」
「でも、美月が確認しろって」
「そういうところは素直なんだよね」
美月が苦笑する。
「いいから、ちゃんと見て」
「うん」
もう一度確認しても、出し忘れているものはなかった。
片付けが終わる頃には、四人ともすっかり普段の服に着替えていた。さっきまでダンジョンの中にいたのに、装備を外しただけで家の空気へ戻っていく。
「お腹空いた」
玲奈が言った。
「私も」
ひなたがすぐに頷く。
「今日は結構歩いたからね」
美月が時計を見る。
「何か作ろうか」
「手伝う」
ひなたが立ち上がる。
「私も」
玲奈も続いた。
蓮も立とうとすると、美月がこちらを見る。
「蓮は座ってていいよ」
「なんで?」
「四人で台所に入ったら狭いから」
「俺だけ?」
「じゃあ玲奈と代わる?」
「私は手伝うよ」
玲奈が即答する。
「だってお腹空いてるし」
「それ、手伝う理由になってる?」
「早く食べられる」
「なってないと思う」
ひなたが笑った。
蓮は三人を見てから、言われた通り椅子へ座った。
◆
少しすると、台所から料理の匂いが漂ってきた。
美月が中心になって料理を作り、ひなたが横で材料を切っている。玲奈は皿を出したり、使い終わったものを片付けたりしていた。
「玲奈、それ取って」
「これ?」
「そっちじゃなくて、その隣」
「ああ、こっちね」
「ひなた、もう少しだけお願い」
「うん」
声を掛け合いながら動いている。誰が何をするのか細かく決めているようには見えない。それでも三人の動きが大きく重なることはなかった。
蓮は椅子に座ったまま、その様子を見る。
ダンジョンの中でも似ていた。
ひなたが敵を見つける。
美月が判断する。
玲奈が前へ出る。
蓮も、その流れの中で動く。
今ではそれが当たり前になっている。けれど、最初から今の形だったわけではないはずだ。
「蓮」
「ん?」
美月が台所から顔を出す。
「お皿運んでくれる?」
「うん」
蓮も立ち上がった。
出来上がった料理を四人でテーブルへ並べていく。
「いただきます」
四人の声が重なった。
◆
「今日のダンジョン、どうだった?」
食事の途中、美月が蓮に聞いた。
「面白かった」
「調査なのに?」
ひなたが少し驚く。
「うん。最初は何が起きてるか分からなかったけど、調べたら少しずつ分かったから」
「原因は分からなかったけどね」
玲奈が言う。
「だから気になる」
「ああ、そっちか」
玲奈が納得したように頷いた。
「追加依頼、来るといいね」
「うん」
「危ない依頼になったら別だけど」
「でも行くんでしょ?」
「美月が行くって決めたらね」
蓮が答えると、美月が少し目を瞬いた。
「私が?」
「美月がリーダーだから」
「……そうだね」
美月は少しだけ笑った。
蓮にとっても、今ではそれが自然になっていた。自分一人で行けるかどうかではなく、《アストラ》としてどうするかを考える。
「でも今回、変な感じだったよね」
ひなたが言う。
「魔物が強くなったわけでもないのに、みんな奥から離れてるなんて」
「何かあるのは間違いなさそうだけどね」
玲奈が答える。
「ギルドがどう判断するかだなあ」
「玲奈も気になる?」
蓮が聞く。
「気になるよ。原因分からないまま終わったら、なんかすっきりしないし」
「同じだ」
「蓮ほどじゃないと思うけど」
「なんで?」
「だって追加調査って聞いた時、ちょっと嬉しそうだったじゃん」
「あれは美月にも言われた」
「実際そうだったし」
三人が笑う。
蓮も否定しなかった。
◆
食事が終わると、四人はそのままリビングで過ごしていた。
美月は今日の調査記録をもう一度確認し、ひなたはソファに座って飲み物を飲んでいる。玲奈は少し離れたところで、自分の剣の状態を確認していた。
蓮はその様子を眺める。
玲奈の剣も、玲奈が前に立つ姿も、もう何度も見てきた。
初めて《アストラ》と一緒にダンジョンへ入った時から、玲奈はずっと先頭だった。それが玲奈の役割だから、蓮はそう思っていた。
けれど今回、少し違うように感じた。
役割だから前へ出るだけではない。
敵が後ろへ抜ければ、迷わず仲間との間へ入る。戦いが終われば周囲を確認し、休憩すれば美月やひなたの状態まで気にする。
玲奈本人にとっては、そのどれも特別なことではない。
当たり前になっている。
考えてみれば、蓮は今の玲奈のことしか知らなかった。
剣を使うこと。
Aランク冒険者であること。
美月やひなたと長く一緒に冒険してきたこと。
知っているのは、そういうことばかりだ。
玲奈がいつから剣を使っているのか。
どうして冒険者になったのか。
どうして仲間の前へ立つことが、当たり前になったのか。
そのどれも、蓮は知らない。
さっきまで漠然としていた疑問が、ようやく一つの言葉になっていく。
――玲奈は、どうして冒険者になったんだろう。




