第218話 調査報告
四人はそのまま歩き続け、しばらくしてダンジョンの入口まで戻ってきた。
外へ出ると、夕方の空気が肌に触れる。ダンジョン内とは違う風を感じながら、蓮は一度だけ後ろを振り返った。
原因は、まだ分かっていない。
三つの区画から魔物が減り、その魔物たちは入口側へ移動していた。移動先では魔物の密度が上がり、普段なら離れている種類同士の縄張りまで重なり始めている。
そして、第三調査区画へ近づいた魔物は、その手前で引き返した。
「蓮?」
美月に呼ばれ、蓮は前を向く。
「何?」
「行くよ」
「うん」
管理施設で帰還の手続きを済ませ、四人はギルドへ戻ることになった。
◆
ギルドへ着く頃には、外はすっかり暗くなり始めていた。
受付で依頼の帰還報告をすると、今回の調査記録を確認するため、四人は奥の部屋へ案内された。
机の上に地図を広げ、美月が担当職員へ説明を始める。
「三つの減少区画すべてで、以前そこに魔物が生活していた痕跡を確認しました。大規模な戦闘跡や大量の死骸はなく、足跡の多くは区画の外――全体として入口側へ向かっています」
担当職員が記録を取りながら頷く。
「討伐されて減った可能性は低い?」
「現時点では、そう考えています。第二調査区画では食べ物が残されたままでしたし、第三調査区画では外から近づいてきた魔物が、区画へ入る直前で引き返すのも確認しました」
「引き返した?」
「はい。直接確認したのは一度だけですが、ほかの痕跡と合わせると、魔物があの辺りを避けている可能性は高いと思います」
美月は断定せずに答えた。
担当職員は地図へ視線を落とし、いくつか書き込みを加える。
「魔力濃度に変化は?」
「大きな変化はありませんでした」
「高ランクの魔物は確認しましたか?」
「少なくとも、私たちが調べた範囲にはいません」
職員が蓮を見る。
「黒瀬さんも、強い魔力反応は確認していない?」
「うん。俺が分かる範囲にはいなかった」
「分かりました」
美月は続けて、魔物が増えていた区画の記録を示した。
「減少区画の入口側では、逆に魔物の数が増えていました。複数種類の足跡が重なっていて、実際に本来なら別の場所にいる魔物同士が縄張りを牽制し合う場面も確認しています」
玲奈が頷く。
「かなり密集してました。帰りも避けながら進まないと、すぐ別の魔物に当たりそうなくらいで」
「近い範囲に複数の反応がありました」
ひなたが続ける。
「接触した場面も何度かありました」
担当職員は最後まで聞き終えると、一度ペンを置いた。
「つまり、魔物が減ったことと増えたことは、別々の異変ではない可能性が高い」
「私たちはそう考えています」
美月が答える。
「奥側にいた魔物が、何らかの理由で入口側へ移動している。その結果、別の区画で遭遇数が増えているんだと思います」
「問題は、その理由ですね」
「はい」
部屋の中が少し静かになった。
◆
担当職員は地図を見ながら考え込んでいた。
「強力な魔物が現れたなら分かりやすいんですが……」
「いなかった」
蓮が言う。
「少なくとも、俺には分からなかった」
「魔力濃度にも大きな変化がない。となると、現状の記録だけでは原因までは特定できませんね」
職員は小さく息を吐いた。
「ただ、放置はできません」
「魔物が増えてる方?」
蓮が聞く。
「それもあります。今の状態が続けば縄張りの競合がさらに激しくなる可能性がありますし、入口に近い区域まで魔物が押し出されれば、他の冒険者への危険も高くなる」
「じゃあ、また調べる?」
「追加調査は必要になると思います」
蓮の表情が少し変わった。
それに気づいた美月が横を見る。
「蓮」
「何?」
「ちょっと嬉しそう」
「……そう?」
「そう」
玲奈が笑う。
「原因、気になってたもんね」
「うん」
蓮は素直に頷いた。
担当職員も少し笑ってから、表情を戻す。
「ただ、次の調査方法についてはこちらで一度検討します。今日の記録も詳しく確認したうえで、必要なら改めて依頼を出します」
「分かりました」
美月が答える。
「今日はこれで?」
「はい。調査報告としては十分です。ありがとうございました」
四人は席を立った。
◆
部屋を出て、ギルドの一階へ戻る。
依頼を終えた冒険者たちの声が聞こえ、受付ではまだ何人もの職員が働いていた。
「終わったね」
ひなたが言う。
「とりあえずは」
美月が答える。
「追加調査があるかもしれないけどね」
「その時はまた四人?」
蓮が聞いた。
「依頼が来ればね」
「来なかったら?」
「その時は仕方ないでしょ」
玲奈が笑う。
「勝手に調べに行くのはなしだからね」
「分かってる」
「本当に?」
「分かってるよ」
「ならよし」
玲奈が頷いた。
「帰ろうか」
美月が言う。
「うん」
四人はギルドを出た。
外はもう暗い。
蓮は三人と一緒に歩きながら、今日一日のことを思い返していた。
ダンジョンの異変。移動した魔物たち。そして、まだ分からない原因。
その中に、もう一つだけ気になっていることがある。
少し前を歩く玲奈。
ダンジョンでは先頭に立ち、敵が後ろへ抜ければ迷わず仲間との間に入る。休憩すれば、ひなたの疲れや美月の魔力を当たり前のように確認していた。
本人にとっては、どれも特別なことではないらしい。
蓮はまだ、その理由を知らない。
玲奈の背中を見ながら、四人は家へ向かって歩いていった。




