第217話 帰り道で見えるもの
戦闘を終えた四人は、再び入口へ向かって歩き始めた。
先頭は玲奈。その後ろに蓮、美月、ひなた。周囲にはまだ多くの魔物がいるため、ひなたが気配を探り、美月がその情報をもとに進路を判断しながら慎重に進んでいく。
「左の通路に三体」
ひなたが言った。
「動いてる?」
美月が聞く。
「少し。でも、こっちには来てない」
「じゃあ、このまま真っすぐ行こう」
「了解」
玲奈が先へ進む。
何度か魔物の反応を避けながら歩いているうちに、少しずつ周囲の気配が減っていった。どうやら、魔物の数が増えていた区画を抜けつつあるらしい。
「だいぶ減ったね」
蓮が言う。
「うん。この先まで行けば、通常区域に戻るはず」
美月が地図を確認する。
「ひなたは?」
「近くには二体だけ。どっちも離れていってる」
「じゃあ、一度休もうか」
美月の言葉に、玲奈が周囲を確認する。
「この先に少し広い場所あったよね」
「ある。そこで休もう」
四人は少し進み、岩壁に囲まれた開けた場所で足を止めた。
◆
それぞれ荷物を下ろすと、玲奈が最初にひなたへ目を向けた。
「疲れてない?」
「大丈夫」
「本当に?」
「玲奈に言われたくない」
「なんで?」
「さっき怪我した人だから」
「もう治してもらったでしょ」
「だからって、すぐ無理していいわけじゃないよ」
「無理してないって」
玲奈が腕を軽く回してみせると、ひなたは少し呆れたような顔をした。
「そういうところ」
「何が?」
「もういい」
二人のやり取りを見て、美月が小さく笑う。
蓮は《水属性魔力結晶》を取り出し、魔力を流して水を作った。喉を潤しながら三人を見ていると、玲奈が今度は美月へ視線を向ける。
「美月は?」
「私は大丈夫だよ」
「魔力は?」
「まだ余裕ある」
「そっか」
玲奈はそれだけ確認すると、自分の水へ手を伸ばした。
何気ないやり取りだった。
蓮は水を飲みながら、その様子を見ていた。玲奈はひなたの疲れを確認し、その次には美月の魔力まで気にしている。本人は特に意識している様子もない。
戦っている時だけではないらしい。
「蓮?」
美月がこちらを見る。
「何?」
「さっきから静かだけど、疲れた?」
「ううん」
「ならいいけど」
美月はそれ以上聞かず、自分の水を飲んだ。
蓮はもう一度、三人を見る。
十年間、蓮が最も気にしていたのは自分自身の状態だった。どれだけ疲れているか。あとどのくらい戦えるか。怪我は動きに影響するか。生き残るためには、それを把握していなければならなかった。
今は違う。
美月が魔法を使いすぎれば分かる。ひなたが疲れてくれば、動きも少し変わる。玲奈が前で戦っている時も、どのくらい余裕が残っているのか以前より分かるようになってきた。
それは、三人と一緒にダンジョンへ入るようになってから身についたものだった。
「蓮、どうしたの?」
今度は玲奈が聞く。
「何でもない」
「また考え事?」
「ちょっとだけ」
「ならいいけど」
玲奈はそう言うと、隣のひなたへ視線を向ける。
「本当に疲れてない?」
「大丈夫だってば」
「ならいい」
「玲奈の方こそ」
「私は大丈夫」
「それさっきも聞いた」
また始まった二人のやり取りに、美月が苦笑する。
蓮も少しだけ笑った。
しばらく休んだあと、四人は荷物をまとめた。
◆
休憩を終え、四人は再び入口へ向かって歩き始めた。
魔物の密度はさらに下がっている。ひなたが何度か反応を伝えたが、戦闘になるほど近づいてくるものはいなかった。
「もう通常区域だね」
美月が地図を見る。
「ここから入口までは、そんなにかからないよ」
「今日は結構歩いたね」
ひなたが言う。
「調査だからね」
玲奈が答える。
「普段より寄り道も多かったし」
蓮は歩きながら、今回の調査を思い返す。
三つの区画から魔物が減っていた。その魔物たちは入口側へ移動し、移動先では魔物の数が増えて縄張りまで重なり始めている。
それでも、原因はまだ分からない。
「美月」
「ん?」
「ギルドに報告したら、また調べることになる?」
「たぶんね。ただ、今回の記録を見てから決めると思う」
「俺たちが行くとは限らない?」
「うん。追加で私たちに依頼が来るかもしれないし、別の調査隊が入るかもしれない」
「そっか」
蓮は少しだけ残念に思った。
原因はまだ分かっていない。途中まで調べたなら、その先も知りたい。
「気になる?」
美月が聞く。
「うん」
「私も」
「美月も?」
「ここまで調べたらね」
玲奈も前を向いたまま口を開く。
「私も気になるよ」
「私も」
ひなたが続いた。
蓮は三人を見る。
「みんな同じなんだ」
「そりゃ気になるでしょ」
玲奈が笑う。
「じゃあ、また依頼が来たら四人で行こう」
蓮が言った。
美月も少し笑う。
「そうだね」
そのまま四人は入口へ向かって歩き続けた。
やがて、遠くに人工的な明かりが見え始める。
「もうすぐ出口」
ひなたが言った。
蓮は前を見る。
先頭を歩く玲奈の背中が目に入る。
さっきの休憩中も、玲奈はひなたの疲れを気にし、美月の魔力を確認していた。それを特別なことだと思っている様子はなかった。
玲奈にとっては、きっとそれも当たり前なのだろう。
蓮は少しだけ考える。
自分にも、今では当たり前になったことがいくつもある。けれど、そのほとんどには、そうするようになったきっかけがあった。
では、玲奈はいつから今の玲奈になったのだろう。
蓮はまだ、その疑問を口には出さなかった。
出口の明かりを目指し、四人は歩き続けた。




