第216話 いつも一番前に
四人は、来た道を戻っていた。
先頭は玲奈。その後ろに蓮、美月、ひなた。隊列は変わらない。蓮も先ほどの戦闘で使った剣を手にしたまま歩いている。
ただ、行きと違うのは周囲にいる魔物の数だった。魔物が増えている区画へ入ってから、ひなたは何度も周囲へ意識を向けている。蓮も《魔力感知》を広げていたが、近くにも遠くにも反応が多い。
「右に二体」
ひなたが言った。
「左奥にもいる」
「どっちも近づいてる?」
美月が聞く。
「右は止まってる。左は少しこっちに寄ってきてる」
「じゃあ右側を通ろう」
「了解」
玲奈が進路を少し変える。
四人はできるだけ戦闘を避けながら進んでいった。
今回の調査で分かったことは多い。奥にいた魔物は入口側へ移動し、その結果、本来なら別々の場所にいる魔物たちの縄張りが重なり始めている。
その影響は、帰路にもはっきりと現れていた。
「前、止まって」
ひなたの声で、玲奈がすぐに足を止める。
「何体?」
「五体……いや、六体」
「多いね」
玲奈が小さく息を吐いた。
蓮も前方へ意識を向ける。確かに六つの反応がある。しかも、一か所に固まっているわけではない。
「種類も違う」
蓮が言った。
「分かるの?」
美月が聞く。
「魔力の感じが違う」
「じゃあ、また縄張りが重なってるのかも」
美月が地図を見る。
「迂回できそう?」
玲奈が少し先を確認してから首を振った。
「難しいかも。横道にもいる」
「じゃあ、ここを抜けるしかないね」
美月が周囲を見る。
「できれば戦わずに行きたいけど、気づかれたら無理はしない」
「分かった」
四人はゆっくりと進んだ。
◆
しばらくは問題なかった。
岩陰を使い、魔物の反応を避けながら進んでいく。
だが、通路が広くなった場所へ出た時だった。
「来る!」
ひなたが声を上げた。
左側の岩陰から三体の魔物が飛び出してくる。それとほぼ同時に、正面にいた別の二体もこちらへ気づいた。
「五体!」
「玲奈、前!」
「分かってる!」
玲奈が剣を抜き、一歩前へ出る。
蓮もすぐに剣を構えた。
最初に飛び込んできた魔物を、玲奈が受け止める。正面から来た二体のうち一体を蓮が止め、もう一体は美月が炎で牽制した。
「ひなた、後ろ!」
「大丈夫!」
ひなたは周囲を警戒しながら、すぐに支援へ入った。
魔物の数は多い。
だが、一体一体は強くない。
蓮が本気を出せば、すぐに終わる相手だった。それでも蓮は周囲を見ながら動く。
玲奈が受けている敵。美月が狙っている相手。ひなたの位置。そして、自分が動くべき場所。
その判断は、もう以前ほど難しいものではなかった。
蓮が一体を斬り伏せる。
その時。
「後ろ!」
ひなたの声が飛んだ。
横の通路から別の魔物が飛び出してくる。最初に確認していた六体目だった。
戦闘の音に反応したのか、そのまま美月とひなたへ向かってくる。
蓮が振り返った。
十分に間に合う。
そう思った瞬間、玲奈も動いた。
目の前の魔物の爪を剣で受け流し、その勢いを利用して大きく体勢を崩す。魔物が岩床へ手をつき、すぐには追えない状態になったことを確認すると、玲奈は身体を反転させた。
「玲奈!」
美月が声を上げる。
玲奈はそのまま二人の前へ入った。
振り下ろされた爪を剣で受ける。衝撃で足が半歩下がったが、そのまま魔物の腕を横へ流し、後ろへ抜ける進路を塞いだ。
そこへ蓮が追いつく。
剣を振る。
魔物の身体が横へ弾かれた。
「美月!」
「うん!」
炎が放たれ、魔物へ直撃する。
岩床へ倒れたところを玲奈が仕留めた。
先ほど玲奈が体勢を崩した魔物も立ち上がっていたが、蓮がすぐに対応する。残っていた魔物もほどなく倒れ、戦闘は終わった。
◆
「玲奈」
戦闘が終わると、ひなたがすぐに駆け寄った。
「腕見せて」
「大丈夫だよ」
「いいから」
「はいはい」
玲奈が剣を収め、左腕を差し出す。
防具に浅い傷が付いていた。その下の皮膚には、少しだけ赤い跡が残っている。
「怪我ってほどじゃないよ」
「それでも確認するの」
ひなたが治癒魔法を使う。
玲奈は苦笑しながら、されるがままになっていた。
蓮はその様子を見ている。
自分なら間に合った。
さっきの魔物が美月たちへ届く前に、止めることができた。
「玲奈」
「ん?」
「さっき」
「さっき?」
「俺、間に合ったよ」
玲奈が少し目を瞬いた。
「何が?」
「後ろに来たやつ」
「ああ」
玲奈はすぐに理解したらしい。
「うん。分かってたよ」
「じゃあ、なんで玲奈が行ったの?」
玲奈が少し黙る。
蓮は本当に分からなかった。
自分が間に合うことも、美月が自分で対処できることも、玲奈は分かっていた。それでも、敵が後ろへ抜けた瞬間には迷わず前へ入った。
「……なんでだろうね」
玲奈は少し考えてから笑った。
「たぶん、もうそうするのが当たり前になってるからかな」
「当たり前?」
「うん」
蓮は玲奈を見る。
「前衛だから?」
「それもあると思うよ」
「……そっか」
蓮には、まだその意味がよく分からなかった。
玲奈はそれ以上説明することもなく、治療の終わった腕を軽く動かした。
「ほら、大丈夫」
「本当に痛くない?」
「大丈夫だって」
ひなたが少し不満そうな顔をする。
「玲奈はそう言って無理するから」
「してないって」
「する」
「しない」
二人のやり取りを見て、美月が苦笑した。
「とりあえず、ここに長居するのはやめよう」
「賛成」
玲奈が立ち上がる。
蓮も剣をアイテムボックスへ戻した。
◆
四人は再び歩き始めた。
先頭は玲奈。
いつもと同じ場所だ。
さっき少しだけ傷を負ったことなど気にしていないように、前を歩いている。
蓮はその背中を見る。
玲奈は、「当たり前になっている」と言った。
蓮にも、昔から身についたものはたくさんある。気配を感じれば身構える。敵を見れば逃げ道を確認する。戦うなら、相手が何をしてくるのかを最初に見る。
どれも十年間の中で身についたものだった。
最初からそうしていたわけではない。
そうするようになった理由がある。
なら、玲奈にも何かあるのかもしれない。
「…………」
蓮は何も聞かなかった。
今はまだ、ダンジョンの中だ。
まずは四人で帰る。
玲奈の背中を追いながら、蓮は来た道を歩き続けた。




