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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第四部 アストラ編

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215/559

第215話 押し出された魔物たち

 第三調査区画を離れた四人は、来た道を戻りながら、魔物の遭遇数が増えている区画へ向かっていた。


 地図にはいくつか赤い印が付けられている。その中でも、三つの調査区画に比較的近い場所を最初に確認することにした。


「こっちだね」


 美月が分岐で地図を確認する。


「この先から、最近の遭遇数が増えてる」


「減ってたところから移動してきたのかな」


 蓮が聞く。


「その可能性を確かめるために来たんだよ」


「そっか」


 美月が地図をしまい、四人は再び進み始めた。


 先頭は玲奈。その後ろに蓮、美月、ひなたと続く。


 しばらく歩いていると、最後尾のひなたが周囲へ意識を向けた。


「……多い」


「魔物?」


 玲奈が聞く。


「うん。さっきまでと全然違う」


 蓮も《魔力感知》を広げる。


 確かに多かった。正面だけではない。少し離れた横道にも、その先にも、いくつもの魔力反応がある。


「本当だ」


 蓮が言った。


「資料通りだね」


 美月も少し表情を引き締める。


「ここからは、できるだけ刺激しないように進もう」


「避けられるのは避ける?」


「うん。戦うと余計に状況が分かりにくくなるから」


「分かった」


 玲奈が速度を落とした。


      ◆


 魔物の数が増えている区画へ入ると、違いはすぐに分かった。


 遠くから何種類もの鳴き声が聞こえる。岩壁には新しい爪痕が増え、床には形の違う足跡がいくつも重なっていた。


「これ」


 ひなたが足元を指差す。


「第二調査区画にあったのと似てる」


「同じ種類?」


「たぶん」


 美月が記録を確認する。


「大きさも近いね」


 蓮は周囲を見る。


 魔物がいなくなった区画。


 そこから外へ続いていた足跡。


 そして今、その先にある場所では魔物の数が増えている。


「やっぱり、こっちに来た?」


「かなり可能性は高そうだね」


 美月が答えた。


 さらに進むと、岩陰から低い唸り声が聞こえた。


「止まって」


 ひなたが言う。


 四人はすぐに足を止める。


「前に四体。その少し奥にもいる」


「こっちには気づいてる?」


 美月が聞く。


「たぶん、まだ」


「じゃあ迂回しよう」


 玲奈が前方を確認し、脇へ続く細い通路へ視線を向ける。


「こっちなら通れそう」


「行こう」


 四人は静かに進路を変えた。


 今回の目的は魔物を倒すことではなく、何が起きているのかを確かめることだ。戦う必要がない相手まで倒す理由はない。


 蓮も、もうそのことをいちいち意識して考える必要はなかった。


      ◆


 細い通路を抜けた先で、四人は再び足を止めた。


 今度は、魔物同士の唸り声が聞こえている。


「……争ってる?」


 蓮が言った。


 少し先の広い空間。そこでは、種類の違う二組の魔物が向かい合っていた。


 一方は灰色の毛を持つ四足の魔物。もう一方は、岩のような皮膚を持つ小型の魔物が三体。互いに一定の距離を保ったまま、激しく威嚇している。


「これ、普通?」


 蓮が小声で聞く。


「この二種類が同じ場所にいること自体はあると思うけど……」


 美月は少し考える。


「こんなに近くで縄張りが重なるのは珍しいかも」


「場所が足りなくなってる?」


 玲奈が言った。


「ありえるね」


 ひなたが周囲を見る。


「この辺、足跡も多すぎる」


 美月はその様子を記録していく。


 三つの調査区画から魔物が移動し、その結果、もともとこの辺りにいた魔物と縄張りが重なり始めている。


「押し出されたみたい」


 蓮が呟いた。


「押し出された?」


「うん。奥にいたのが、こっちに来てるから」


 美月は少し考えてから頷いた。


「表現としては近いかもしれないね」


 蓮は二組の魔物を見る。


「じゃあ、奥に戻ればいいのに」


「戻らない理由があるんだろうね」


「……やっぱり、何か嫌なのかな」


「その可能性は高そう」


 美月はそう答えた。


「でも、何を嫌がってるのかはまだ分からない」


「うん」


 二組の魔物はしばらく牽制を続けたあと、一方がゆっくりと後退していった。


 戦闘にはならなかった。


 それでも、普段とは違う状況が起きていることは十分に分かった。


      ◆


 さらに別の場所も確認する。


 そこでも、魔物の密度は高かった。同じ種類だけではなく、本来なら少し離れた場所に縄張りを持つ魔物まで混ざっている。


「この辺まで来ると、かなり分かりやすいね」


 玲奈が周囲を見ながら言った。


「奥から来た魔物が増えてる」


「うん」


 美月が記録を見返す。


「ギルドの遭遇記録とも合ってる」


 その時だった。


「前!」


 ひなたの声が飛ぶ。


 岩陰から一体の大型の四足獣が飛び出してきた。黒い体毛に覆われ、周囲の魔物から逃れるような勢いでこちらへ走ってくる。


 玲奈がすぐに剣を抜いた。


 魔物は玲奈の横を抜けようとする。


 その先には、蓮と美月がいる。


 玲奈が迷わず一歩動いた。


「こっち!」


 自分から進路へ入り、剣の腹で攻撃を受け流す。


 魔物の身体が横へ逸れた。


 蓮もその瞬間に前へ出る。


 倒す必要はない。


 進路をさらに外へ向けるように、剣で軽く弾いた。


 魔物は体勢を立て直すと、そのまま四人から離れるように走っていった。


「追わなくていい」


 美月が言う。


「うん」


 蓮は剣を下ろした。


 玲奈も魔物が去った方向を確認してから剣を収める。


「大丈夫?」


 ひなたが聞く。


「全然」


 玲奈はいつも通りだった。


 蓮はそんな玲奈を少しだけ見る。


 今の魔物は、自分なら簡単に止められた。美月も対処できただろう。


 それでも玲奈は、迷わず自分から前へ入った。


「…………」


「蓮?」


 玲奈が気づく。


「また見てない?」


「見てる」


「そこは否定しないんだ」


「うん」


「何?」


 蓮は少し考えてから首を振った。


「まだいい」


「何それ」


 玲奈が笑う。


「変なの」


 蓮はそれ以上何も言わなかった。


      ◆


 しばらく周囲を確認したあと、美月が記録をまとめた。


「ここまでで、かなり分かったと思う」


「何が?」


 蓮が聞く。


「三つの区画から魔物が減ったことと、こっちで増えてることは、たぶん別々の現象じゃない」


 美月が地図を広げる。


 三つの青い印。


 そして、その入口側にある赤い印。


「奥にいた魔物が、こっちへ移動してきてる」


「だから数が増えた」


「うん。それで、もともとここにいた魔物と縄張りまで重なり始めてる」


 玲奈が地図を見る。


「原因は奥にありそう?」


「可能性は高くなったと思う」


「でも、強い魔物はいない」


 蓮が言った。


「そうなんだよね」


 美月は小さく息を吐く。


 魔力濃度に大きな変化はない。異常に強い魔物の反応もない。それでも複数種類の魔物が奥から離れ、入口側へ押し出されるように移動している。


「今日はここまで?」


 ひなたが聞いた。


「うん。調査する予定だった場所は確認できたし、増えてる側の状況も見られた」


 美月は地図を畳む。


「ここから先は、一度ギルドに報告してからにしよう」


「分かった」


 蓮も頷いた。


 原因はまだ分からない。


 けれど、昨日依頼書を見た時よりは、ずっと多くのことが分かった。


 魔物は消えたわけではない。自分たちで奥から離れ、入口側へ移動している。そして、そのせいで別の区画に魔物が集中し始めている。


 残っているのは、なぜそこまでして奥を避けるのか。


「戻ろうか」


 美月が言う。


「うん」


 玲奈がいつものように先頭へ立った。


 ただ、ダンジョンを出るまではまだ距離がある。


 魔物の密度が上がっているこの区画を抜け、通常区域を通って入口まで戻らなければならない。


 四人は再び隊列を整え、来た道を戻り始めた。


 蓮は少し前を歩く玲奈の背中を見る。


 何かあれば、一番前へ出る。


 敵が後ろへ抜ければ、迷わず仲間との間へ入る。


 それが玲奈にとっては、あまりにも自然だった。


 蓮の中で、ひとつの疑問が少しずつ形になり始めていた。

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