第213話 同じ異変
第一調査区画を離れた四人は、さらにダンジョンの奥へ進んでいた。
次の目的地は第二調査区画。
そこも第一調査区画と同じように、ここ十日ほどで魔物の遭遇数が大きく減っている場所だった。
「第二調査区画までは、あとどのくらい?」
蓮が聞く。
「この分岐を右に行って、もう少し」
美月が地図を確認する。
「途中までは普通に魔物が出る区域だから、気をつけてね」
「うん」
蓮が頷く。
そのまま進んでいると、最後尾のひなたがふいに足を止めた。
「待って」
その声で、前を歩いていた玲奈もすぐに止まる。
「前方に三体」
ひなたが意識を集中させる。
「こっちに近づいてる」
蓮も《魔力感知》を広げた。
確かに、正面の通路から三つの魔力反応が近づいている。
「本当だ」
玲奈が剣の柄へ手をかける。
「避けられそう?」
美月が聞く。
「もうこっちに気づいてるなら、難しいかも」
ひなたが答えた。
やがて、通路の奥から三体の魔物が姿を現した。
灰褐色の体毛に覆われた猿型の魔物。
人間より少し小さく、腕が異様に長い。鋭い爪が岩床を擦っている。
「ロックエイプ」
美月が言った。
「この辺ではよく出る魔物だね」
「来るよ」
玲奈が剣を抜く。
三体とも、すでにこちらへ狙いを定めていた。
一体が声を上げる。
それを合図にするように、三方向へ広がった。
玲奈が前へ出る。
一体目が正面から飛び込んできた。
玲奈が剣を合わせる。
金属と爪がぶつかる音が響いた。
蓮はその横を抜けようとした二体目へ向かう。
剣を横から当て、進路を変える。
その時。
三体目が大きく跳んだ。
玲奈と蓮の頭上を越え、美月たちの方へ向かう。
「美月!」
玲奈がすぐに反応した。
一体目を押し返し、そのまま身体を反転させる。
だが、美月もすでに動いていた。
「大丈夫!」
美月の放った炎が、空中のロックエイプへ直撃する。
魔物の身体が弾かれ、岩床へ落ちた。
そこへ玲奈が踏み込み、一撃で仕留める。
蓮も自分の前にいた魔物を倒す。
残った一体は玲奈が受け止め、美月が動きを止めたところを斬り伏せた。
「終わり」
玲奈が周囲を見る。
「ひなた、大丈夫?」
「うん。こっちには来なかったよ」
「美月は?」
「大丈夫」
「ならよし」
玲奈が剣についた血を払う。
蓮はその様子を少しだけ見ていた。
美月なら、今の魔物くらい自分で対処できる。
実際、攻撃も自分で防いでいた。
それでも玲奈は、魔物が後ろへ抜けた瞬間に迷わず振り返った。
「蓮?」
玲奈がこちらを見る。
「何?」
「いや」
蓮は首を振った。
「何でもない」
「?」
玲奈は少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は聞かなかった。
「じゃあ行こう」
美月の声で、四人は再び歩き始めた。
◆
しばらく進むと、魔物の気配が少しずつ減っていった。
「まただ」
蓮が呟く。
「少なくなってきた?」
美月が聞く。
「うん」
第一調査区画へ近づいた時と似ている。
ある場所を境に、周囲の魔力反応が急に遠くなっていく。
ひなたも周囲を探る。
「こっちもほとんどいない」
「じゃあ、ここから第二調査区画かな」
美月が地図を確認した。
「うん。位置も合ってる」
四人は速度を落とす。
第一調査区画と同じように、見た目には大きな変化がない。
壁も。
床も。
空気も。
異常な魔力も感じない。
それでも、魔物だけがいない。
「まず、第一調査区画と同じか確認しよう」
美月が言った。
「分かった」
四人は周囲を調べ始めた。
ほどなくして、以前ここに魔物がいた痕跡がいくつも見つかった。
岩壁のくぼみに残された寝床。
床に残る複数種類の足跡。
外側へ向かう痕跡。
大きな戦闘跡や血痕はない。
「やっぱり似てるね」
玲奈が言う。
「うん」
美月が記録を書き込む。
「第一調査区画と同じ傾向」
その時。
「これ……」
ひなたが少し離れた場所でしゃがみ込んだ。
「何?」
美月が近づく。
ひなたの前には、いくつかの木の実のようなものが転がっていた。
一部は噛み砕かれている。
けれど、ほとんど手つかずのものも残っている。
「食べ物?」
蓮が聞く。
「たぶん」
ひなたが一つを手に取らず、近くから確認する。
「まだ腐ってない。そんなに前じゃないと思う」
「途中で置いていった?」
玲奈が言う。
「そう見えるね」
美月の表情が少し変わった。
餌がなくなったから移動した。
その可能性は、第一調査区画ではまだ残っていた。
けれどここには、食べられるものが残っている。
「餌が原因じゃなさそう?」
蓮が聞く。
「少なくとも、餌が全部なくなったから移動したって感じではないかな」
美月が答える。
「寝床もそのまま」
ひなたが周囲を見る。
「食べ物も残ってる」
「じゃあ、急に出た?」
玲奈が言う。
「その可能性は高くなったと思う」
美月は記録へ書き加える。
「ゆっくり縄張りを変えた感じではないね」
蓮は周囲を見る。
生活していた場所。
寝床もある。
餌もある。
争った跡もない。
それなのに、魔物だけがいなくなっている。
「……変だね」
蓮が言った。
「うん」
美月も頷いた。
◆
さらに周辺を確認したが、新しい魔物の痕跡は見つからなかった。
強い魔力反応もない。
魔力濃度にも、大きな変化は感じられない。
「強い魔物が来た感じでもないんだよね」
玲奈が言う。
「少なくとも、今のところは」
美月が答える。
「蓮は?」
「分かる範囲にはいない」
「ひなたは?」
「私も感じない」
ひなたが首を振った。
美月は第一調査区画と第二調査区画の記録を見比べる。
「二か所とも、かなり似てるね」
「偶然じゃない?」
蓮が聞く。
「一か所だけなら偶然かもしれない。でも、二か所で同じようなことが起きてるなら、共通した理由がある可能性は高いと思う」
「何かが来た?」
「それもまだ分からない」
美月は地図を見る。
「でも、第二調査区画では餌まで残ってた。第一調査区画より、急に離れた可能性は高そう」
「じゃあ、三つ目も同じだったら?」
蓮が聞く。
「共通してるものが、もう少し絞れるかもしれない」
「魔物が避けてる理由?」
「それも含めてね」
美月は少し考えてから続けた。
「まだ、何かを避けてるって決まったわけじゃないけど」
「そっか」
蓮は頷いた。
最初に資料を見た時は、ただ魔物のいる場所が変わっているだけだった。
第一調査区画では、魔物が自分から移動した可能性が高くなった。
第二調査区画では、その移動がかなり急だったらしいことまで分かった。
少しずつ。
分からなかったものの輪郭が見え始めている。
◆
第二調査区画の記録を終えた四人は、その場で短い休憩を取ることにした。
「次が最後?」
蓮が聞く。
「今日の予定ではね」
美月が水を飲みながら答える。
「第三調査区画まで確認したら、一度情報を整理しよう」
「まだ時間あるよ?」
「時間だけで決めないの」
「そうなの?」
「調査は、見つけたものを整理するのも大事だから」
「なるほど」
蓮はアイテムボックスから《水属性魔力結晶》を取り出した。
魔力を流し、水を作る。
手のひらに受けて飲んでいると、玲奈がこちらを見ていた。
「何?」
「いや、やっぱりそれ便利だなって」
「飲む?」
「自分のあるからいい」
「そっか」
蓮はもう一度水を作る。
その横で、美月は二つの調査区画について記録を見比べていた。
「美月」
「ん?」
「何か分かった?」
「まだ全部は分からない」
「そっか」
「でも」
美月が二つの印を指差す。
「同じことが起きてるのは、たぶん間違いない」
蓮も地図を見る。
第一調査区画。
第二調査区画。
離れた二つの場所で、魔物たちは似たような形で姿を消している。
残るのは、第三調査区画。
「行けば、もう少し分かるかな」
「そうだといいね」
美月が地図を畳んだ。
「そろそろ行こうか」
「うん」
玲奈が立ち上がる。
ひなたも荷物を確認した。
四人は再び、いつもの隊列へ戻る。
玲奈。
蓮。
美月。
ひなた。
そのまま、さらに奥へ続く通路へ進んでいく。
蓮は前を歩く玲奈の背中を一度だけ見た。
さっきの戦闘。
後ろへ抜けた魔物を見た瞬間、迷わず振り返った玲奈。
「…………」
その姿だけが、蓮の中に少し残っていた。
四人はそのまま、第三調査区画へ向かって歩き続けた。




