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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第四部 アストラ編

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212/559

第212話 残された痕跡

 第一調査区画へ入ってから、四人は歩く速度を少し落とした。


 先頭を歩く玲奈も、さっきまでより慎重に周囲を見ている。


 見た目だけなら、これまで通ってきた場所と大きな違いはない。同じ岩壁。同じように続く通路。壁に埋まった鉱石の淡い光も変わらない。


 それなのに。


「静かだね」


 ひなたが言った。


「うん」


 美月も周囲を見る。


「ここまで静かだと、やっぱり分かりやすい」


 入口からこの区画へ来るまでには、何度も魔物の気配を感じた。実際に戦った相手もいる。


 けれど、ここへ入ってからは一度もない。


 蓮は《魔力感知》を使いながら歩いていた。


 反応はある。


 ただし、かなり遠い。


 しかもこの区画の中ではなく、その外側に集中している。


「やっぱり変」


 蓮が言う。


「何か分かる?」


 美月が聞いた。


「ここの周りにはいる」


「魔物?」


「うん。でも、この中にはほとんどいない」


「資料通りだね」


 玲奈が前を見ながら言う。


「本当に場所だけ避けてるみたい」


 四人はさらに進んだ。


 途中、美月が地図と現在地を照らし合わせ、ひなたが周囲の痕跡を確認する。


「ここ、ちょっと待って」


 ひなたが足を止めた。


「何かあった?」


 玲奈が振り返る。


「足跡」


 ひなたが通路の端を指差した。


 薄く土が積もっている場所に、いくつもの跡が残っている。


 蓮もしゃがみ込んだ。


「結構ある」


「うん」


 ひなたが跡を一つずつ見る。


「古いのもあるけど、最近のもあると思う」


「何の魔物?」


「全部は分からないけど……」


 ひなたが少し考える。


「少なくとも、一種類じゃないね」


 大きさも形も違う。


 四足の魔物らしい跡。


 爪の長いもの。


 丸みのあるもの。


 いくつもの種類が混ざっていた。


 玲奈もしゃがみ込む。


「ここには普通に魔物がいたってこと?」


「そうだと思う」


 美月が資料を見る。


「もともとは、この区画でも普通に遭遇報告が出てるから」


「じゃあ、最近いなくなった」


「うん」


 蓮は足跡を見つめた。


 ただいなくなっただけなら、それほど不思議ではない。


 魔物も移動する。


 餌を探すこともある。


 縄張りを変えることもある。


 けれど。


「……これ」


 蓮が一つの跡を指差す。


「どうしたの?」


「向き」


 三人が蓮の指先を見る。


 足跡は奥へ向かっていない。


 反対だった。


「外に出てる?」


 玲奈が言う。


「うん」


 蓮は別の跡を見る。


 それも同じ。


 さらに少し離れた場所。


 そこにある足跡も、区画の奥から外側へ向いている。


 美月の表情が少し変わった。


「入ってきた跡は?」


「探してみよう」


 四人は周辺を調べ始めた。


 ひなたが床を見る。


 玲奈は壁際。


 美月は地図と痕跡の位置を描き込んでいく。


 蓮も少し離れた場所まで確認した。


 しばらくして。


「こっちも外向き」


 玲奈が言った。


「私のところも」


 ひなたが答える。


 美月が記録へ目を落とす。


「入ってきた跡がないわけじゃない。でも、出ていく方が明らかに多いね」


「やっぱり逃げた?」


 蓮が聞く。


「可能性はある」


 美月はすぐに断定しなかった。


「でも、まだ分からないよ。別の場所に餌が増えただけかもしれないし、縄張りが変わった可能性もある」


「そっか」


「だから調べるの」


「うん」


 蓮は立ち上がった。


      ◆


 四人はさらに区画の奥へ進んだ。


 魔物の気配はない。


 代わりに、痕跡だけがいくつも残っていた。


 爪で削られた岩。


 古い毛。


 食べかけの骨。


 少し崩れた寝床のような場所。


「ここにもいたんだね」


 玲奈が言う。


「かなり」


 ひなたが頷く。


「生活してた跡は普通にある」


「でも今はいない」


 蓮が周囲を見る。


「うん」


 美月が記録を取る。


「それが一番重要かも」


 魔物がもともと少ない場所ではない。


 以前は確かにいた。


 そこから、短い期間でいなくなった。


「死体はないね」


 玲奈が言う。


「戦った跡も、ほとんどない」


 ひなたが続ける。


「血の跡も見つからないし」


「誰かが大量に倒したわけじゃない?」


 蓮が聞く。


「その可能性は低そう」


 美月が答える。


「これだけの数が倒されてたら、何かしら痕跡が残ると思う」


 蓮もそう思った。


 戦えば、何かが残る。


 血。


 魔力。


 破壊された壁や床。


 死体。


 少なくとも、これだけ綺麗にいなくなるのは不自然だ。


「じゃあ、自分で出ていった」


「今のところ、それが一番近そうかな」


 美月が言う。


 蓮は奥を見る。


「何かが嫌で?」


「それはまだ分からない」


「怖いものがいるとか」


「それも可能性の一つ」


 玲奈が剣の柄へ軽く手を置いた。


「でも、そういう強い魔物がいるなら、ギルドの調査で何か引っかかってそうだけどね」


「魔力濃度も変わってないんだよね」


 ひなたが言う。


「うん」


 美月が頷く。


「少なくとも、今までの記録では」


 蓮は何も言わず、《魔力感知》を少し広げた。


 強い魔物の反応。


 異常な魔力。


 大きな変化。


 どれも感じない。


「……分かんない」


 蓮が呟いた。


「そうだね」


 美月が答える。


「でも、一つは分かった」


「何?」


「ここにいた魔物たちは、少なくとも戦っていなくなったわけじゃない」


 美月は足跡へ目を向ける。


「自分たちで、この区画から離れた可能性が高い」


「逃げたかどうかは、まだ分からないけど」


 ひなたが続ける。


「うん」


 美月が頷く。


「そこは次の区画も見てから考えよう」


 蓮はもう一度、残された足跡を見る。


 昔なら、分からないものを見つければ、自分で確かめるしかなかった。


 今は三人もいる。


 同じものを見て、それぞれ違うことに気づく。


 そのことを、蓮は少しずつ当たり前のものとして受け入れ始めていた。


      ◆


 第一調査区画を一通り確認したあと、四人は入口側へ戻った。


 美月は途中で何度か立ち止まり、地図へ印を描き込んでいく。


「第一調査区画は、これでいいかな」


「何が分かった?」


 蓮が聞いた。


 美月が記録を見ながら答える。


「一つ目。以前は、ここにも普通に魔物がいた」


「うん」


「二つ目。最近になって、多くの魔物がこの区画から外へ移動してる」


「うん」


「三つ目。大量に討伐された形跡はない」


「じゃあ、原因は?」


「それがまだ分からない」


 美月が少し笑った。


「だから、次」


 玲奈が地図を覗き込む。


「第二調査区画?」


「うん」


 第一調査区画からさらに奥。


 そこも、最近になって魔物が減っている場所だった。


「同じだったら?」


 蓮が聞く。


「その時は、共通点を探そう」


「違ったら?」


「違う理由を考える」


「なるほど」


 蓮は頷いた。


 答えはまだない。


 けれど、少しずつ分かってきたことはある。


 魔物は、ただ消えたわけではない。


 何かの理由で、ここを離れた。


 その理由を確かめるため。


 四人は第二調査区画へ向かって歩き始めた。

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