第202話 強くなりたい理由
クロフォードは少しだけ視線を落とした。
「冒険者になったばかりの頃」
一度、言葉を選ぶ。
「当然だが、今よりできないことが多かった」
「できないこと?」
「ああ。倒せない魔物もいた。反応できない攻撃もあった。自分では十分だと思った剣が、まったく通用しないこともあった」
「…………」
「そういう時、私は悔しかった」
「負けるのが?」
「それもある。だが、それだけじゃない」
クロフォードは少し考えてから続けた。
「昨日できなかったことを、そのままできないままにしておくのが嫌だった。避けられなかったなら、次は避けたい。倒せなかったなら、いつか倒したい。自分の剣が通じなかったなら、次は通じるようにしたい」
蓮は静かにクロフォードを見る。
「そうやって、できないことを一つずつ減らしてきた」
「それで世界二位まで?」
「ああ」
玲奈が小さく息を漏らした。
「なんか、もっとすごい理由があるのかと思ってました」
「すごい理由?」
「誰かを守るため、とか」
「玲奈」
美月が止める。
「いや。そういう理由を持つ人もいるだろう。だが、私の場合は違う」
クロフォードは首を振った。
「できないままで終わりたくなかった。それを繰り返しているうちに、ここまで来た」
◆
「でも、今は世界二位ですよね」
「ああ」
「もう十分とは思わないんですか?」
「思わないな」
答えは早かった。
「どうして?」
「まだ、できないことがあるからだ。それと――」
クロフォードは少し考える。
「私は、自分がどこまで行けるのか知りたい」
「どこまで?」
「ああ。今が自分の限界なのか。それとも、まだ先へ行けるのか。私はそれを確かめたい」
蓮は黙って聞く。
「昨日もそうだった。君と戦って、今の自分では足りないと分かった」
「…………」
「なら、まだ先へ行けるかもしれない。だから、また鍛える」
「休みの日も?」
「ああ」
「大変じゃないですか?」
「大変な時もある」
「それでも?」
「それでもだ」
蓮には、やっぱり少し不思議だった。
自分とは違う。蓮は強くなりたくて戦ったわけではない。死にたくなかった。次の階へ進み、生き延びるために必要だったから戦った。その結果として、強くなった。
クロフォードは違う。
できなかったことをできるようにするため。そして、自分がどこまで行けるのかを知るために、自分から強さを求め続けている。
◆
「順位は、本当に関係ないんですか?」
「まったく、というわけではない。上がれば嬉しい」
「嬉しいんだ」
「それはそうだ」
玲奈が笑う。
「世界二位でもそこは普通なんですね」
「一位になれれば、もちろん嬉しいだろう。だが、それを目的に剣を振っているわけじゃない」
「…………」
「順位は結果だ。昨日の自分より、今日の自分がどこまで進めたのか。私にとって重要なのは、そちらだ」
蓮は黙って聞いた。
少しだけ、分かってきた気がする。
「じゃあ」
「?」
「俺がいなくて、クロフォードさんが一位だったとしても」
クロフォードが蓮を見る。
「今と同じように、強くなろうとしてた?」
クロフォードは少し考えた。
「ああ。それは変わらないと思う」
「…………」
「ただ、君の存在がそれを強くしたのは間違いない」
「俺?」
「ああ」
「どうして?」
「七年間だ」
クロフォードの視線が、少しだけ変わった。
「私がどれだけ強くなっても、世界ランキングの一番上にはずっとUnknownがいた。名前も分からない。どこにいるのかも分からない。何をしているのかも、どれほど強いのかも分からない」
「…………」
「それでもランキングを見れば、いつも自分より上にいる」
クロフォードは少しだけ笑った。
「最初は、いつか追いつけると思っていた。強くなれば、もう少し進めば、そのうち同じ場所まで行けるんじゃないかと」
「…………」
「だが、七年経っても君は上にいた」
蓮は何も言わなかった。
その七年間、自分はランキングの存在すら知らなかった。外の世界でクロフォードが自分の存在を意識していたことも、当然知らなかった。
「だから、会ってみたかった」
クロフォードは蓮を見る。
「自分の上に七年間いた人間が、どんな人間なのか。どれほど強いのか。そして、今の自分がどこにいるのか」
「…………」
「昨日、ようやくそれを少し確かめられた」
蓮は少し考える。
「負けたのに?」
「ああ。負けたから分かったこともある」
「…………」
「少なくとも、今の自分にはまだ先があると思えた」
「だから?」
クロフォードは小さく笑う。
「また強くなれる」
「…………」
蓮が目を瞬く。
負けたのに、それを終わりだとは思っていない。むしろ、その先へ進む理由にしている。
「なんとなく」
しばらくして、蓮が口を開いた。
「少し分かった気がします」
「そうか?」
「はい」
「それなら、話した甲斐があったな」
◆
その後、クロフォードはそれ以上自分の話を続けなかった。
そして、蓮にも何も聞かなかった。
「…………」
蓮はそれに気づいていた。
最初に会った時、クロフォードは七年間の空白について聞いた。蓮は「今は話したくない」と答えた。それからクロフォードは、一度もその先へ踏み込んでこなかった。
今日も同じだった。
自分のことは話した。強くなりたい理由も、七年間Unknownをどう見ていたのかも。それでも、蓮が話さなかったことについては何も聞かない。
「…………」
蓮は目の前のクロフォードを見る。
少し前まで、世界二位。それだけだった人。
でも今は、少し違う。
この人なら。
少しくらい。
話してもいいかもしれない。
蓮は初めて、そんなことを思った。




