第199話 値段をつけられない素材
模擬戦を終えたあと。
蓮たちは施設内の休憩室へ移動していた。
クロフォードは別室で簡単な確認を受けている。怪我はないと本人も言っていたが、支部長の判断で念のため一通り確認しているらしい。
「…………」
蓮は椅子に座り、自分の手を見る。《封魔の手袋》はすでに外していた。
「疲れた?」
向かいに座る美月が聞く。
「そんなには」
「やっぱり」
玲奈が呆れたように言う。
「あれだけ動いて、それ?」
「うん」
「世界二位と戦った直後なんだけど」
「……そうだね」
「その反応やめて」
ひなたが小さく笑う。
その時、休憩室の扉が開いた。
「失礼します」
入ってきたのは支部長だった。
「あ」
蓮が顔を上げる。
「クロフォードさんは?」
「問題ありません。念のための確認も終わりました」
「よかった」
美月が安心したように息を吐く。支部長はそのまま空いている椅子へ座った。
「それと、黒瀬さん」
「……はい」
「ちょうどいい機会ですので、以前お預かりした素材についても少しお話ししておこうと思いまして」
「素材?」
玲奈が首を傾げる。蓮は少し考えてから思い出す。
「ああ」
以前、蓮が原初のダンジョンから持ち帰った魔物の素材。皮。牙。爪。骨。魔石。その一部を、調査用としてギルドへ預けていた。
「調べ終わったんですか?」
「いえ」
支部長は首を横に振る。
「むしろ、簡単には終わらないことが分かってきました」
「…………」
「え?」
玲奈が支部長を見る。
「どういうことですか?」
「まず」
支部長は蓮へ視線を戻した。
「以前伺った範囲では、あの素材はおおよそLv250前後の魔物から得たもの、という認識で間違いありませんね?」
「はい」
「…………」
美月たちも改めて黙る。
Lv250。蓮から聞いているとはいえ、地上では、未だに現実感のない数字だった。
「調査した結果」
支部長が続ける。
「既存の高ランク魔物素材と比べても、強度や魔力に関する性質が明らかに異なっています」
「…………」
「加工についても、現在の設備でそのまま扱えるかどうか分からないものがあります」
「加工できないんですか?」
蓮が聞く。
「できないと決まったわけではありません」
支部長は答える。
「ただ」
一度区切る。
「既存の素材を前提に作られた設備では、十分に加工できない可能性があります」
「…………」
「素材に合わせて、設備そのものを見直す必要が出るかもしれません」
玲奈が目を丸くした。
「そこから?」
「はい」
支部長は真面目に頷く。
「武器、防具、魔道具、研究用途。使い道そのものは、かなり広いと考えられています。ただ、どう加工するか。どこまで性能を引き出せるか。そもそも安定して加工できるのか。その確認から必要です」
「…………」
蓮は黙って聞く。
自分にとっては、あのダンジョンを攻略していた頃に手に入れた素材。それが、地上では、加工設備から考え直すものになっている。
「それと」
支部長が続ける。
「価格についてですが」
「…………」
玲奈が少し身を乗り出した。
「いくらなんですか?」
「まだ決められません」
「え」
「比較できるものがないからです」
支部長は答える。
「同等の素材が市場に存在しません。性能だけを見て価格を付けることもできますが、それでは正確とは言えない」
「…………」
「今の段階で無理に買い取り価格を出すべきではない、というのがこちらの判断です」
蓮は頷いた。
「じゃあ、まだ売らない方がいいですか?」
「私としては」
支部長は少し考える。
「急ぐ必要がないのであれば、その方がよいと思います。調査が進めば、正式な査定もできます。その上で売却を希望されるのであれば、改めて契約を行います」
「……分かりました」
蓮はあっさり答える。
「じゃあ、今はそのままでいいです」
「よろしいのですか?」
「はい」
「お金は?」
玲奈が聞いた。蓮が玲奈を見る。
「今は困ってないから」
「…………」
玲奈が黙る。
そして。
「十五億の次はLv250の素材って……蓮、本当にお金に困ることないじゃん」
「……まだ、いっぱいある」
「それ言わないで!」
「?」
「もっとあるってことになるでしょ!」
「……あるよ」
「だから言わないでって!」
ひなたが吹き出す。美月も苦笑していた。
支部長は少しだけ表情を引きつらせる。
「……今回お預かりしているものも、ごく一部ということですね」
「はい」
「分かりました」
支部長はそれ以上聞かなかった。
◆
支部長からの説明は、それから少し続いた。
今後さらに詳しい分析を行うこと。ただし、素材を削る。切断する。破壊する。そうした調査が必要になる場合は、必ず事前に蓮へ確認すること。
「勝手に壊すことはありません」
支部長がはっきり言った。
「所有者は黒瀬さんですから」
「分かりました」
「もし破壊を伴う調査へ進む場合は、必ず許可を取ります」
「はい」
蓮は頷く。
「…………」
そして、少しだけ考えた。
Lv250。自分が十年間いた場所では、もっと上がいた。かなり上が。
「…………」
今日、世界ランキング二位と戦った。Lv154。強かった。本当にそう思った。
そして今、目の前では、Lv250前後の魔物素材が、地上の技術では扱えるかどうかも分からないと言われている。
「…………」
蓮は何も言わない。
ただ、頭の中に、いくつかの数字が浮かび始めていた。




