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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第一部 10年ぶりの帰還

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第2話 突然の別れ

家の中は静かだった。


「母さん?」


 蓮は靴を脱ぎながら、もう一度呼んだ。


「ただいま」


 返事はない。


 リビングにもいない。


 キッチンにもいない。


 二階へ上がってみても、両親の姿はなかった。


「……出かけてるのかな」


 蓮はそう呟いた。


 いつもなら母親から連絡が来る。


 けれど、その日は何もなかった。


 蓮は鞄を置き、制服のままソファに座った。


 テレビをつける。


 いつもの番組。


 いつもの音。


 それでも、どこか落ち着かなかった。


 時計を見る。


 午後六時。


「父さん、まだ帰ってないのか……」


 いつもなら、そろそろ帰ってくる時間だった。


 蓮はスマートフォンを手に取った。


 母親に電話をかける。


 ――出ない。


 もう一度。


 ――出ない。


「……何してるんだろ」


 その時だった。


 玄関のチャイムが鳴った。


 ピンポーン。


「はい?」


 蓮は玄関へ向かった。


 扉を開ける。


 そこに立っていたのは、見知らぬ男性だった。


 警察官。


「黒瀬蓮くん……かな?」


「はい」


 警察官は一瞬、言葉を選ぶように黙った。


「ご両親のことで、少し話があるんだ」


「……父さんと母さん?」


「そうだ」


 蓮の胸に、嫌な感覚が広がった。


「何かあったんですか?」


 警察官は答えなかった。


 その代わり、家の中へ入ってもいいかと尋ねた。


 蓮は何も分からないまま、警察官をリビングへ通した。


 向かい合って座る。


「今日、ご両親は車で出かけていたんだ」


「はい……」


「その途中で事故に遭った」


「……事故?」


 蓮の声が小さくなる。


「二人とも病院へ搬送された」


 そこで警察官が言葉を止めた。


 蓮は待った。


「……それで?」


 返事がない。


「父さんと母さんは?」


 警察官が目を伏せる。


「……残念だが」


 その先の言葉を、蓮は聞きたくなかった。


「搬送先の病院で……亡くなった」


「……」


 意味が分からなかった。


「……亡くなった?」


「ああ……」


「……嘘ですよね?」


「蓮くん……」


「だって、今日の朝……」


 蓮は立ち上がった。


「朝、普通に話してました」


「……」


「父さん、夕飯までには帰れって……」


 声が震える。


「母さんも……」


 そこまで言って、言葉が止まった。


 朝の光景が頭に浮かぶ。


 パン。


 目玉焼き。


 父親の新聞。


 母親の笑顔。


 何でもない会話。


 全部、今日の朝のことだ。


 ほんの数時間前まで、確かにそこにあった。


「……そんなの」


 蓮は首を振った。


「そんなの、ありえない……」


 警察官は何も言わなかった。


 ただ、静かに蓮を見ていた。


 その沈黙が何よりも怖かった。


     ◇


 その夜。


 蓮は一人でリビングにいた。


 テレビはついている。


 けれど、何も頭に入ってこない。


 テーブルには、朝の食器が残っていた。


 母親が使ったマグカップ。


 父親が読んでいた新聞。


 いつもと何も変わらない。


 なのに。


 二人だけがいない。


「……父さん」


 返事はない。


「母さん……」


 返事はない。


 蓮はソファに座ったまま、動けなかった。


 スマートフォンを見る。


 母親とのメッセージ。


 最後のやり取り。


『帰ったら夕飯ね』


 たった、それだけ。


 蓮の指が震えた。


「……帰ってくるって言ったじゃん」


 誰も答えない。


 静かな部屋。


 時計の針だけが動いている。


 カチ。


 カチ。


 カチ。


 その音が、やけに大きく聞こえた。


     ◇


 翌日。


 蓮は学校へ行かなかった。


 その次の日も。


 その次の日も。


 制服に着替える気力すらなかった。


 学校から連絡が来ても、どう答えればいいのか分からない。


 友達からメッセージが届いても、返信できない。


 美月からも何度も連絡が来た。


『大丈夫?』


『学校、来ないけど……』


『何かあった?』


 蓮はスマートフォンを握ったまま、画面を見つめる。


 何度も返信しようとした。


 けれど、指が動かなかった。


 どう言えばいいのか分からない。


 ――父さんと母さんが死んだ。


 そんな言葉を、自分で打つことができなかった。


 蓮はスマートフォンを伏せた。


 そして、静かな家の中で一人になった。


 家の中には、両親のものがたくさん残っている。


 父親の靴。


 母親のエプロン。


 冷蔵庫の中の食材。


 洗濯物。


 写真。


 昨日まで「当たり前」だったものが、今は全部、胸を締めつける。


 蓮は写真立てを手に取った。


 三人で写っている写真。


 父親が笑っている。


 母親も笑っている。


 その真ん中に、十五歳になる前の蓮がいる。


「……」


 蓮は写真を見つめる。


 涙が一滴、落ちた。


「……帰ってきてよ」


 小さな声だった。


「父さん……」


「母さん……」


 返事はない。


 その日から。


 蓮にとって、家は「帰る場所」ではなくなった。


 大切な人がいなくなった場所になった。


 そして蓮は、少しずつ外へ出なくなっていった。


 学校にも行かない。


 友達にも会わない。


 ただ、家の中で時間だけが過ぎていく。


 朝になり。


 昼になり。


 夜になる。


 それを繰り返す。


 何日経ったのかも分からなくなっていた。


 そんなある日。


 蓮はふと思った。


 ――ここにいるのが、苦しい。


 両親との思い出が多すぎる。


 どこを見ても二人の姿を思い出してしまう。


 蓮は立ち上がった。


 そして、何も持たずに家を出た。


 行く場所なんて、決めていなかった。


 ただ。


 ここではない場所へ行きたかった。


 それだけだった。

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