第197話 世界二位の剣
「もう一度、試そう」
「……はい」
二人が向かい合う。
クロフォードの周囲を、風が流れていた。足元だけではない。身体。腕。そして剣。すべてを一つに繋ぐように、風が沿っている。
「…………」
蓮は《黒月》を構えた。
まだ、《天嵐剣》のすべてが分かったわけではない。さっき一度、反撃を入れられただけ。次も同じようにできるとは限らない。
「行くぞ」
「……はい」
クロフォードが踏み込んだ。
一歩。距離が消える。
「…………!」
蓮が身体をずらす。剣が通過する。そのまま次。切り返し。
蓮が《黒月》を添える。
ギィン――!
軌道を外す。けれど。
「……!」
クロフォードは止まらなかった。外された動きさえ次へ繋げ、身体の向きを変える。風がその動きを支える。
反対側から、もう一撃。
「…………」
蓮が下がる。刃が目の前を抜けた。さらに追ってくる。
速い。それだけではない。さっきよりも、クロフォードの動きが小さくなっている。
◆
「また変わった……?」
玲奈が呟く。
「うん」
美月が答える。
単純に速度だけが上がったわけではない。必要のない動きが減っている。
一度、蓮に反撃されたことで、クロフォードもまた、戦い方を変えていた。
「…………」
ひなたは黙って二人を見つめている。
攻めているのはクロフォード。けれど、蓮も、さっきまでと同じではなかった。
◆
クロフォードが斬る。蓮が避ける。
次。流す。
さらに次。避ける。
「…………」
クロフォードは攻撃を止めない。さっき反撃された形を、そのまま繰り返さない。蓮が入り込めそうな位置を作れば、その前に次の動きへ変える。
「…………」
蓮も、それに気づいていた。
さっき入れた場所が、もうない。
「……すごい」
小さく呟く。
一度見せたものに、すぐ対応している。能力が高いからだけじゃない。戦いながら考えて、変えている。
だから、強い。
その瞬間、クロフォードの剣が迫った。
「…………!」
蓮が避ける。クロフォードは、その動きを見る。
そして、蓮が避けた方向へ、次の一歩を入れる。
「……!」
横から剣。蓮が《黒月》を添える。
ギィン――!
軌道をずらす。さらに追撃。
蓮が動く。クロフォードも変える。
右。左。上。斜め。
決められた順番ではない。蓮の動きを見て、次の剣を選んでいる。
「…………」
蓮は避けながら、その動きを見続ける。
肩。腰。足。重心。そして、風。全部を見る。
けれど、それだけではない。
「…………」
クロフォードは、自分を見ている。蓮がどう動くかを見て、その先へ剣を繋いでくる。
それなら。
「…………」
蓮の目が僅かに変わった。
全部を読む必要はない。クロフォードが次に何をするか。自分が、選ばせればいい。
◆
クロフォードが一度距離を取った。
「…………」
静かに息を吐く。蓮も追わない。二人が向かい合う。
数秒。
クロフォードが剣を構え直した。
「黒瀬」
「……はい」
「次で」
一度言葉を切る。
「決めるつもりで行く」
「…………」
蓮の目が僅かに変わる。
「分かりました」
クロフォードの周囲へ風が集まる。外へ漏れず、身体と剣へ収束していく。
「…………」
蓮は《黒月》を構える。クロフォードの姿勢が沈んだ。
次の瞬間。
一歩。
「――!」
距離が消えた。
正面。剣が来る。
蓮が右へ動く。クロフォードも変わる。その先へ、剣が追ってくる。
「…………!」
蓮がさらに後ろへ逃れる。クロフォードが踏み込む。
また剣。避ける。追う。避ける。さらに追う。
クロフォードは蓮の動きを見ながら、そのたびに次の軌道を変えていく。
「…………」
蓮も、それを待っていた。
右へ、大きく動く。
「……!」
クロフォードが反応した。風が身体の向きを変える。
蓮の右側へ、次の剣を繋ぐ。
その瞬間、蓮は止まった。
「――!」
クロフォードの目が見開かれる。
蓮が右へ逃げ続ける。そう判断して、すでに次の攻撃を選んだ直後。
蓮は逆へ踏み込んだ。
「…………!」
クロフォードもすぐに対応する。剣の軌道を変える。身体を戻す。風も動く。
けれど、蓮の方が、ほんの僅かに先だった。
クロフォードに右を選ばせた時点で、蓮はもう、次へ動いていた。
「――そこまで!」
支部長の声が響いた。
「…………」
二人の動きが止まる。
クロフォードの剣は、蓮へ向けて戻る途中。そして、《黒月》の刃は、クロフォードの首元、その手前で止まっていた。
「…………」
静かになる。
蓮は数秒、そのまま止まり、ゆっくりと《黒月》を下ろした。
「……終わりですか?」
「ああ」
支部長が答える。
「勝負ありだ」
「…………」
蓮はクロフォードを見る。
クロフォードは、自分の首元に止まっていた《黒月》を見ていた。数秒、何も言わない。
やがて、ゆっくりと剣を下ろす。
「……私の負けだな」
「…………」
悔しさはある。勝ちたかった。自分の剣を、もっと届かせたかった。
けれど、それだけではなかった。
七年間、ずっと自分の上にいたUnknown。その相手と、実際に剣を交えた。
自分の剣がどこまで通じるのか。それを、自分自身で確かめることができた。
「黒瀬」
「……はい」
クロフォードが蓮を見る。
「強いな」
「…………」
蓮はすぐには答えなかった。クロフォードの剣を見る。
速かった。重かった。何度も戦い方を変えられた。
《天嵐剣》を使ってからは、蓮自身も、避けることを優先するほどだった。
「クロフォードさんも」
蓮は言う。
「本当に」
一度、言葉を切る。
「……強かったです」
「…………」
クロフォードは僅かに目を細めた。
負けたことは、悔しい。それでも、その言葉は、素直に嬉しかった。




