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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第三部 世界第二位来日編

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第196話 届かない剣

クロフォードが踏み込む。


 一歩。それだけで、二人の間にあった距離が消えた。


「…………」


 蓮の首元へ剣が迫る。身体を沈める。頭上を刃が抜ける。


 クロフォードは止まらない。そのまま身体を回し、風に押されるように次の一歩へ繋げる。


 右。左。正面。


 一つの斬撃が終わる前に、次の動きが始まっている。


「…………!」


 蓮が《黒月》を添える。


 ギィン――!


 正面からは受けない。剣先を僅かにずらし、そのまま横へ抜ける。


 クロフォードはすぐに追った。踏み込み。加速。斬撃。その境目は、ほとんどない。


「…………」


 それでも、まだ、届かない。


      ◆


「……まだ、一回も当たってない」


 玲奈が小さく呟く。


 さっきまでより速い。明らかに強い。自分なら、一度目の踏み込みに反応できるかどうかも分からない。


 なのに、蓮は避け続けている。


「でも、蓮もさっきまでとは違うよ」


 ひなたが言った。


「うん」


 美月も頷く。


 《天嵐剣》が始まってから、蓮はほとんど正面から剣を受けていない。避ける。流す。位置を変える。それまでより明らかに動く量が増えている。


 クロフォードの剣が、それだけの対応を蓮にさせている。


 けれど、それでもまだ、刃は蓮へ届いていなかった。


      ◆


「…………」


 クロフォードは攻撃を続けながら、蓮を見る。


 右へ踏み込む。蓮が動く。途中で身体を切り返す。風がその動きを支え、反対側へ回る。


 斬る。避けられる。


 次。


 今度は斬撃へ入る直前に角度を変える。それも避けられる。


「…………」


 速さだけでは駄目だ。単純に軌道を変えるだけでも届かない。


 クロフォードはさらに間合いを詰めた。蓮が後ろへ動く。追う。一歩。剣を振る。蓮が避ける。さらに追う。


 一度でも足が止まれば。一瞬でも判断が遅れれば。届く。


 そう思っていた。


 けれど。


「…………」


 遅れない。


 蓮は必要以上に動かない。刃が届く場所から、ほんの少しだけ外れる。それだけ。


 大きく逃げれば追える。だから、大きく逃げない。


 正面から受ければ押し込める。だから、必要な時だけ《黒月》を触れさせて軌道を外す。


「……なるほど」


 クロフォードが小さく呟く。


 速さだけで避けているわけではない。


 見ている。自分の剣を。《天嵐剣》を。


      ◆


「…………」


 蓮も、少しずつ見えるものが増えていた。


 最初は、一歩から斬撃までが全部繋がっていて、どこを見ればいいのか分かりにくかった。


 今も、全部が分かるわけではない。次の動きを完全に読めるわけでもない。


 それでも、何度も見るうちに、少しずつ、クロフォード自身の動きが見えてくる。


 風が身体を補っていても、剣と移動が一つに繋がっていても、剣を振るのは、クロフォード自身だ。


 身体の向きは変わる。重心も移る。肩も動く。足を置く場所もある。


「…………」


 消えたわけではない。全部が、今までよりずっと滑らかに繋がっているだけ。


「……少しだけ」


 蓮が呟く。


「何がだ?」


 クロフォードが聞く。


「さっきより」


 蓮は《黒月》を構え直した。


「見えるようになってきました」


「…………」


 クロフォードの目が僅かに変わる。


「もうか?」


「全部じゃないです」


「…………」


「まだ、分からないところもあります」


 クロフォードは数秒、蓮を見た。そして、僅かに笑った。


「それでも十分早い」


 姿勢を沈める。


「もう一度だ」


「……はい」


 クロフォードが踏み込んだ。


 一歩で距離が消える。


 右から剣。蓮が避ける。クロフォードがそのまま左へ切り返す。蓮も動く。


 続く一歩。下から剣が跳ね上がる。


「…………」


 蓮はそれを見る。


 肩。腰。足。身体の向き。


 今までより、ほんの少しだけ、次が見えた。


 蓮が剣を避ける。そして、今度は下がらなかった。


「……!」


 クロフォードの目が僅かに見開かれる。


 蓮が一歩入る。クロフォードの斬撃が通り過ぎた、その直後。


 《黒月》が動いた。


「――!」


 クロフォードがすぐに剣を戻す。


 ギィン――!


 二本の剣がぶつかった。


「…………」


 クロフォードが蓮の《黒月》を受け止める。


 蓮はそのまま押し込まない。一撃を受けさせると、すぐに一歩離れた。


 静かになる。


「…………」


 クロフォードが僅かに目を見開く。


 今度は、自分が受ける側だった。


「……今なら」


 蓮が言う。


「入れると思ったので」


「…………」


 クロフォードは蓮を見る。


 ほんの少し前まで、蓮は避けるだけだった。流すだけだった。


 それが今、《天嵐剣》の中へ、一度だけ、自分から入ってきた。


「そうか」


 クロフォードが小さく息を吐く。そして、剣を構え直した。


「なら」


 その目から、笑みが消える。


「もう一度、試そう」


「……はい」


 蓮も《黒月》を構える。


 まだ、《天嵐剣》のすべてが分かったわけではない。


 それでも、さっきまで見えなかったものが、少しずつ、見え始めていた。

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