第195話 天嵐剣
クロフォードの足元へ、風が集まっていく。
これまでとは違った。
さっきまでは、移動するために足元へ風を集めていた。剣を振る時には《魔力剣》。距離を詰める時には《高速移動》。必要な瞬間に、必要な技を選んで使っていた。
けれど今は。
「…………」
蓮は《黒月》を構えたまま、クロフォードを見る。
風が足元だけではなく、身体全体へまとわりついている。さらに、その流れは腕を伝い、剣へ伸びていた。
刀身を満たす魔力。その外側を、細く圧縮された風が包んでいく。
「クロフォードさん」
「何だ?」
「それ」
蓮は剣を見る。
「さっきまでと、違いますね」
「ああ」
クロフォードは静かに答えた。
「これが」
一度、息を整える。
「私が一番得意な剣だ」
「…………」
その姿を見て、蓮は《鑑定》で見たスキルを思い出す。
《天嵐剣》Lv10。
「……これが」
「?」
「いえ」
蓮は小さく首を振った。
◆
「何……あれ」
玲奈が小さく呟く。
さっきまでとは、風の動きそのものが違う。外へ広がらない。クロフォードの身体から離れない。
「風を使ってるっていうより……」
美月が目を細める。
「身体の一部みたい」
「…………」
ひなたも黙って見ている。
クロフォードの周囲にあるはずの風が、すべて身体と剣へ収束している。ただ魔法を使っているようには見えなかった。
◆
「黒瀬」
「……はい」
「行くぞ」
「…………」
蓮が《黒月》を握り直す。
「はい」
クロフォードの姿勢が僅かに沈んだ。
蓮は、いつものように身体を見る。足。腰。肩。重心。
正面。
そう判断した。
次の瞬間、クロフォードが一歩踏み込んだ。
「――!」
それだけだった。
風が爆ぜたようには見えない。大きく地面を蹴ったわけでもない。
なのに、距離が消えた。
気づいた時には、クロフォードの剣が蓮の首元へ迫っていた。
「…………!」
蓮が大きく身体をずらす。刃が目の前を通過した。
その直後、圧縮された風が、斬撃の軌道に沿って走る。
ブォン――!
空気が裂ける。
「…………」
蓮が距離を取る。だが、クロフォードはすでに次の一歩へ入っていた。
「速っ――」
玲奈の声が遅れて響く。
「…………」
蓮の目が僅かに細くなる。
さっきまでとは違う。
風で加速してから剣を振るんじゃない。踏み込む。その動きの中で風が身体を押す。同時に距離が縮まる。剣へ魔力が通る。そのまま斬撃へ繋がる。
全部が、一つだった。
「…………」
クロフォードが切り返す。今度は右。蓮が身体をずらす。次の瞬間には左。また避ける。
けれど、さっきまでのような、方向転換の一瞬の減速がない。
足を止めない。身体も止めない。風が動きを補い続ける。一つの斬撃が終わった時には、もう次の斬撃が始まっている。
「…………!」
蓮が後ろへ下がる。クロフォードが追う。そこにも、踏み込みと加速の境目がない。
「……なるほど」
蓮が小さく呟く。
ようやく分かった。
さっきまでは、風魔法。身体強化。高速移動。魔力剣。それぞれの技を、極めて高い精度で繋いでいた。
けれど、《天嵐剣》は違う。
四つの技を同時に使っているんじゃない。最初から、それで一つの剣技だった。
「…………」
蓮の表情が、僅かに変わる。
これが、Lv10。
◆
クロフォードの剣が迫る。蓮は避ける。
次。また避ける。
さらに次。今度は《黒月》を添える。
ギィン――!
触れた瞬間。
「…………!」
強烈な衝撃が腕へ伝わる。
魔力剣の重さ。さらに、刀身へ沿わせた圧縮された風。二つが一緒に押し込んでくる。
蓮は正面から受け止めず、《黒月》を滑らせるようにして剣の軌道を外した。そのまま身体を横へ逃がす。
「……!」
クロフォードの目が僅かに変わる。
さっきまでは、蓮は受けることもあった。避けることもあった。
だが今は違う。
《天嵐剣》を使い始めてから、蓮は、避けることを優先している。どうしても必要な時だけ剣を触れさせ、軌道をずらす。
「…………」
クロフォードがさらに一歩踏み込む。それだけで、距離が消える。
横薙ぎ。蓮が身体を反らす。刃が胸元のすぐ前を通過する。
すぐに返す剣。
「…………!」
蓮は地面を蹴った。後ろへ。
剣先が服の僅か手前を通り過ぎる。
「…………」
着地した蓮が、クロフォードを見る。目が、さっきまでとは少し違っていた。
「……すごい」
蓮が言う。
「そうか」
「はい」
蓮は《黒月》を握り直す。
「さっきまで」
一度、言葉を探す。
「色んな技を繋いでるんだと思ってました」
「…………」
「でも、今は違う」
クロフォードが蓮を見る。
「どう違う?」
「全部」
蓮は少し考える。
「最初から、一つになってる」
「…………」
数秒、クロフォードは何も言わなかった。
やがて、僅かに笑う。
「よく見ているな」
「……そうですか?」
「ああ」
蓮は再び剣を構える。
「それに」
「?」
「今は」
一度、息を吐く。
「受けるより、避けた方がいいと思ってます」
「…………」
クロフォードの目が僅かに細くなる。
「それは嬉しいな」
「……そうなんですか?」
「ああ」
自分の剣が、少なくとも、世界一位の選択を変えている。それだけでも、今のクロフォードには十分だった。
「なら」
クロフォードは再び姿勢を沈める。
「もう少し続けよう」
「……はい」
蓮も《黒月》を構える。
風が身体へ収束する。剣へ魔力が通る。
けれど、もう蓮には、それらが別々には見えなかった。
一歩。加速。移動。斬撃。
そのすべてを一つにした剣。
《天嵐剣》。
再び、世界二位の剣が、蓮へ向かって動き出した。




