第193話 世界二位の完成度
クロフォードの足元で、風が巻く。
さっきまでより強い。けれど、荒れているわけではない。身体の周囲を流れながら、足元へ集まっていく。
「…………」
蓮は、その風を見る。
クロフォードが一歩踏み出した。
次の瞬間。
「……!」
速い。さっきまでより、さらに速い。
足元で風が弾け、身体を一気に前へ押し出す。クロフォードが蓮の正面へ入った。
剣が振り下ろされる。蓮は《黒月》を合わせた。
ギィン――!
「…………」
ぶつかった瞬間、蓮の腕へ先ほどまでより強い衝撃が伝わった。
今度は剣そのものにも、濃い魔力が通っている。
《魔力剣》。
風は移動へ。魔力は剣へ。さらに《身体強化》によって、クロフォード自身の動きも底上げされている。
「…………」
クロフォードは止まらない。
剣を引くと同時に足元で風が弾け、蓮の側面へ回る。
次の斬撃。蓮が《黒月》で受ける。強い衝撃。
クロフォードは、その反動さえ次の移動へ使うように身体をずらした。
「速い……」
少し離れた場所で見ていた玲奈が呟く。
「さっきより一段上がってる」
美月も、二人から目を離さない。
「剣も違う」
「魔力を通してるんだと思う」
「…………」
ひなたも黙って見つめていた。
クロフォードが右へ回り込む。足元で風が弾ける。
蓮が身体を向けた時には、すでに剣が迫っていた。
「…………」
半歩ずれる。刃が肩の横を抜ける。
クロフォードはそのまま踏み込み、角度を変えて再び斬り込む。蓮は《黒月》を合わせた。
金属音が響く。
また風が弾ける。今度は反対側。
「…………」
蓮は受けながら、クロフォードの動きを見ていた。
速い。剣も重い。けれど、一番印象に残るのはそこではない。
風魔法。身体強化。魔力剣。高速移動。それぞれは別の技だ。
それを状況に応じて、ほとんど途切れさせることなく使い分けている。
移動する時には風。斬る瞬間には剣へ魔力。距離を詰める時には身体能力も使う。
必要なものを、必要な瞬間に選んでいる。
「……すごい」
蓮が呟いた。
「何がだ?」
クロフォードが短く聞く。
「色々使ってるのに」
蓮は剣をかわす。
「止まらないから」
「…………」
「一個ずつ使ってる感じがしない」
クロフォードの口元が僅かに動いた。
「長く続けてきたからな」
「……なるほど」
次の瞬間、クロフォードが大きく踏み込む。蓮がその剣を受ける。
ギィン――!
強い衝撃。
その反動で距離が開いた瞬間、クロフォードの足元で風が弾けた。
「……!」
すぐに距離を詰め直してくる。
右。左。正面。
位置を変えながら、魔力を通した剣が次々と迫る。
玲奈から見れば、クロフォードを目で追うだけでも難しい。
「……あれが普通に戦ってる状態なの?」
玲奈が呟く。
「普通って言っていいのかな……」
ひなたが苦笑する。
「世界二位だからね」
美月も視線を外さなかった。
◆
「…………」
クロフォードも、蓮の様子を見ていた。
速度を上げた。魔力剣も使っている。身体強化もしている。
それでも、まだ一度も剣は届いていない。
蓮は避ける。受ける。必要な時だけ《黒月》を動かす。大きく逃げることもない。
「…………」
クロフォードの目が僅かに細くなる。
ここまでやっても、まだ崩れない。
一方、蓮も、クロフォードを見ながら考えていた。
強い。実際に戦ってみると、数字だけでは分からなかった部分がよく分かる。
速いだけではない。高い能力を持っているだけでもない。それを戦いの中で使える。
だから、世界二位。
蓮にも、少しずつその意味が分かってきた。
「…………」
けれど、まだ一つ、使われていないものがある。
《鑑定》で見た、クロフォードが持つ唯一のLv10。
《天嵐剣》。
どんなスキルなのかは分からない。ただ、今までの攻撃の中で、それが使われていないことだけは分かる。
「…………」
蓮は、ほんの少しだけクロフォードを見る目を変えた。
まだ、この人には先がある。
そう思った。
その時、クロフォードが一度、大きく距離を取った。
「…………」
蓮も追わない。
二人の間に、数メートルの距離ができる。クロフォードは剣を下げず、そのまま蓮を見る。
「黒瀬」
「……はい」
「一つだけ聞いていいか?」
「何ですか?」
「今の私を見て」
一度、言葉を切る。
「どう思う?」
「…………」
蓮は少し考えた。
「強いです」
「…………」
「速いし」
クロフォードの剣を見る。
「剣も上手いです」
「そうか」
「それに」
蓮は少し言葉を探す。
「戦いながら、色々変えられるのがすごいと思います」
「…………」
クロフォードは数秒、何も言わなかった。
やがて。
「ありがとう」
短く答える。そして、剣を握り直した。
「では」
クロフォードの表情が変わる。
「もう少しだけ、上げる」
「……はい」
蓮も《黒月》を構え直す。
まだ、《天嵐剣》は使われていない。
けれど、クロフォードの纏う空気が、さっきまでとは少し変わっていた。




