第188話 力を抑える方法
どこまで力を抑えるか。
蓮は、自分の手を見ながら考えていた。
前回、《アストラ》として初めて依頼へ行った時は、《封魔の手袋》を使って地上のAランク冒険者に近いところまで能力を落とした。
けれど、今回は相手が違う。
世界ランキング二位。Lv154。エイドリアン・クロフォード。
「蓮?」
美月が声をかける。
「さっきから、何考えてるの?」
「……模擬戦」
「うん」
「どれくらい抑えようかなって」
「…………」
玲奈が、すぐに意味を理解する。
「前と同じくらいじゃ駄目なの?」
「……たぶん、低すぎる」
「そっか」
玲奈も頷いた。
「クロフォードさん、Lv154だもんね」
「……うん」
前回は、筋力や防御、魔力を四千前後。最も高い敏捷でも五千ほどまで落としていた。それでも《アストラ》と戦うには十分だった。
だが、クロフォードは地上の冒険者の最高峰にいる。
「じゃあ」
美月が聞く。
「今回は前より強い状態で戦う?」
「……その方がいいと思う」
「どのくらい?」
「…………」
蓮は少し考える。
「やってみないと、分からない」
「やっぱりそこは感覚なんだね」
「……うん」
《封魔の手袋》は、筋力だけをいくつにする、敏捷だけをいくつにする、と細かく指定できる装備ではない。
蓮が魔力を流し、全体の能力を抑える。そして、実際にどこまで下がったのかを冒険者カードで確認する。
前回も、その方法で何度か調整していた。
「……使ってみる」
蓮は《アイテムボックス》を開き、一組の黒い手袋を取り出した。
「《封魔の手袋》ね」
「……うん」
両手にはめる。そして、魔力を流した。
「…………」
全身に満ちていた力が抑え込まれていく。
蓮は一度止めると、冒険者カードを操作した。
「どう?」
美月が聞く。
「……まだ高い」
「じゃあ、もう少し?」
「うん」
再び魔力を流す。一度目よりも深く。けれど、前回の依頼ほどは落とさない。
蓮はもう一度ステータスを確認した。
「…………」
「今度は?」
「もう少し」
「まだ?」
「……うん」
玲奈が苦笑する。
「相変わらず調整が細かいね」
「前みたいに下げすぎないでよ?」
「……分かってる」
「本当に?」
「……今回は大丈夫」
「今回は、って言った」
「…………」
ひなたが小さく笑う。
蓮は三度目の調整を行った。そして、もう一度冒険者カードを見る。
「…………」
前回より、かなり高い。けれど、元の自分からすれば大きく制限されている。
「……このくらいかな」
美月が蓮を見る。
「決まった?」
「たぶん」
「クロフォードさんと同じくらい?」
「…………」
蓮は少し考える。
「完全に同じにはできない」
「やっぱり?」
「うん。全部まとめて下がるから」
筋力。防御。敏捷。魔力。
元の数値がそれぞれ違う以上、全能力をクロフォードと同じ数値に揃えることはできない。
それでも、蓮が《鑑定》で見たクロフォードの能力を思い返せば、今の状態なら以前よりはずっと近い。
「でも」
蓮が言う。
「前よりは、クロフォードさんに合わせやすいと思う」
「そっか」
美月が頷く。
玲奈が蓮の冒険者カードへ目を向ける。
「でも、レベルは651のままなんだよね」
「……うん」
「EXスキルも」
「そのまま」
「やっぱり、ステータス下げただけじゃ同じ条件にはならないか」
「……うん」
それは前回の依頼でも分かっていた。
能力値をAランク帯まで落としても、《剣術》EXは消えない。《危機察知》EXも、《身体強化》EXも、《魔力操作》EXも残っている。
そして何より、十年間で身についた戦い方までは、《封魔の手袋》では消せない。
「蓮」
「ん?」
「今回は《身体強化》どうするの?」
美月が聞く。
「…………」
蓮は少し考える。
前回は、最初から使わないと決めていた。けれど今回は、クロフォード自身が《身体強化》Lv9を使う。
「最初は使わない」
「最初は?」
「……必要になったら考える」
「そっか」
美月はそれ以上言わなかった。
クロフォードが実際にどれほど速いのかは、まだ見ていない。最初から全てを決めてしまうより、実際に向かい合ってから判断する方がいい。
「でも」
蓮が自分の手を見る。
「手袋だけじゃ、同じにはならない」
「戦い方?」
「……うん」
攻撃を見る。相手の重心を見る。次の動きを読む。危険を感じれば、身体が先に動く。
十年間、死なないために繰り返してきたものは、能力値を下げても残っている。
「だから」
蓮は少し考える。
「そこは俺が合わせる」
「無理しない程度にね」
「……うん」
美月が小さく頷いた。
前回は、仲間と一緒に戦うためにAランク帯まで力を落とした。
今回は違う。世界ランキング二位が相手。どこまで抑えればいいのかは、実際に戦ってみなければ分からない。
「……これでいく」
蓮は《封魔の手袋》をつけた両手を見る。
まずは、この状態で向かい合う。そして、クロフォードの剣を見てから、その先を決める。




