第184話 順位のためではなく
「……分かりました」
蓮はそう答えたものの、まだ模擬戦を受けると決めたわけではなかった。
クロフォードも、それを分かっているのか、それ以上答えを求めてこない。
少しして、蓮が口を開いた。
「クロフォードさん」
「何だ?」
「もし戦うなら」
一度、言葉を探す。
「みんなに見られるんですか?」
「みんな?」
「その……世界一位と二位が戦うなら」
蓮は少し考える。
「ニュースとか」
「ああ」
クロフォードはすぐに意味を理解した。
「そのつもりはない」
「……ない?」
「あくまで模擬戦だ。公にする必要はない」
「…………」
蓮が支部長を見る。
支部長も頷いた。
「黒瀬君が受けるのであれば、一般には公開せず、関係者だけで行う形にできます」
「報道にも?」
「知らせる必要はないだろうね」
「……そうですか」
蓮の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。
自分が戦うことよりも、それを大勢に見られる方が面倒だった。
「私からも、それでお願いしたい」
クロフォードが言う。
「クロフォードさんも?」
「ああ」
「世界一位と戦ったって、知られたいのかと思ってました」
「…………」
クロフォードが少しだけ目を細める。
「私が欲しいのは、黒瀬と戦ったという実績ではない」
「……じゃあ」
蓮は少し考える。
「誰にも知られなくてもいい?」
「ああ」
「勝っても?」
「構わない」
「…………」
蓮は少し意外そうにクロフォードを見る。
「一位になりたいって、前に言ってましたよね」
「なりたいと思ったことはある」
「じゃあ、俺に勝ったら」
蓮は首を傾げる。
「みんなに言いたくならないんですか?」
「ならないな」
「……そうなんですね」
クロフォードは僅かに笑う。
「それに、模擬戦一度の結果だけで何かを証明したつもりになる気もない」
「…………」
「私が知りたいのは、世間からどう見られるかではない」
そこまで言って、クロフォードは言葉を切った。
蓮は少しだけ考える。
世界一位と世界二位が戦う。
それだけ聞けば、大勢が注目するようなことなのかもしれない。
けれど、クロフォード本人はそれを望んでいない。
「クロフォードさん」
「何だ?」
「負けるのは、嫌じゃないんですか?」
「嫌だ」
返事は早かった。
「…………」
蓮が少し目を瞬く。
「嫌なんですか?」
「ああ。戦うなら勝ちたい」
「でも、戦いたい?」
「そうだ」
「…………」
蓮は少し考え込む。
「分からないです」
「何が?」
「負けるのは嫌なのに、負けるかもしれない相手と戦いたいのが」
「…………」
クロフォードが僅かに笑った。
「そうか」
「変なこと言いました?」
「いや」
クロフォードは首を振る。
「黒瀬からすれば、そう感じるのも分かる」
「…………」
「だが、負けるのが嫌だからといって、自分より強いかもしれない相手を避けたいとは思わない」
「……なんで?」
蓮が聞く。
クロフォードは少しだけ考える。
「負ければ」
一度、言葉を止める。
「今の自分が、どこまで届いていないのか分かる」
「…………」
「それは、悪いことではない」
蓮は何も言わなかった。
負けるのは嫌。
それでも戦う。
そして、届かなかった場所を知る。
蓮には、まだその感覚がよく分からない。
けれど。
クロフォードが、世界一位という肩書きを奪うためだけに自分へ戦いを申し込んだわけではないことは分かった。
「……分かりました」
蓮は小さく頷く。
「考えます」
「ああ」
クロフォードは、それ以上何も言わなかった。
クロフォードから聞いた戦い方が、蓮の頭には残っていた。
速さを活かしながら、相手に合わせて剣と魔法を使い分ける。
実際に目の前で動けば、どんな戦いになるのか。
その小さな疑問は、まだ消えていなかった。




