第182話 少しだけ近くなった距離
それからも、会話は続いた。
けれど、七年間のことが再び話題に出ることはなかった。クロフォードは本当に、蓮が話したくないと言った部分には触れない。
その代わり、美月たちとの依頼や、今の生活について話していた。
「…………」
蓮も、少しずつクロフォードとの会話に慣れてきていた。
最初は、何を話せばいいのか分からなかった。
世界ランキング二位。七年間、自分の上にいたUnknownを意識してきた人物。
そう聞いていたから、もっと近寄りがたい人間なのかと思っていた。
けれど、実際に話してみれば違う。普通に話を聞く。普通に笑う。そして、話したくないと言えば、それ以上は聞かない。
「クロフォードさん」
「何だ?」
今度は、蓮の方から声をかけた。
「クロフォードさんは」
一度、言葉を止める。
「普段、何してるんですか?」
「私か?」
「……はい」
クロフォードが、少し意外そうに蓮を見る。
「君から私のことを聞かれるとは思っていなかった」
「…………」
蓮は少し考える。
「聞いたら、だめですか?」
「いや」
クロフォードの口元が僅かに緩む。
「むしろ嬉しい」
「……そうですか」
「ああ」
クロフォードは少し考えてから答える。
「依頼を受けていることが多い。ダンジョンへ入ることもある」
「休みの日は?」
「休み?」
「はい」
「…………」
今度はクロフォードが少し考える。
「訓練していることが多いな」
「訓練」
「ああ。身体を動かしたり、剣を振ったりしている」
「休みの日も?」
「習慣になっているからな」
「……そうなんですね」
蓮は小さく頷いた。
世界二位になっても、訓練は続けているらしい。
それ以上は聞かなかった。
「日本には」
蓮が続ける。
「久しぶりなんですか?」
「ああ」
「子供の頃に住んでたんですよね」
「七歳から十二歳くらいまでだ」
「……覚えてるんですか?」
「かなりな」
クロフォードは頷く。
「学校にも通っていたし、家では母と日本語で話していた」
「だから日本語が上手なんですね」
「ああ。使わない期間が長かったから、少し固いと言われることはあるが」
「…………」
蓮は少し考える。
「分からないです」
「何が?」
「普通に日本語に聞こえます」
「それなら良かった」
玲奈が小さく笑う。
「蓮に日本語を褒められる世界二位って、なかなかないですよ」
「……変?」
「変じゃないけど、なんか面白い」
「…………」
蓮には、やっぱりよく分からない。
クロフォードも、そんな蓮を見て僅かに笑った。
最初に部屋へ入った時とは、空気がかなり変わっていた。
世界一位と世界二位。
けれど今は、そんな肩書きだけを意識して話している感じはしない。
「そろそろ時間ですね」
それまで会話を見守っていた支部長が、時計を確認した。
「予定していた面会時間は、もうすぐ終わります」
「…………」
蓮も時計を見る。
思っていたより、ずっと時間が経っていた。
何を話せばいいのか分からないまま、気まずい時間が続くかもしれないとも思っていた。
けれど、実際は違った。
「黒瀬」
「……はい」
「今日は会えて良かった」
クロフォードが言う。
「私も、君について少し分かった」
「…………」
蓮は少し考える。
「俺も」
「うん」
「クロフォードさんが、どんな人なのか」
一度止まる。
「……少し分かった気がします」
「そうか」
「はい」
クロフォードが僅かに笑う。
「それなら、来た意味はあったな」
「…………」
蓮も小さく頷いた。
まだ、知らないことの方が多い。
それでも、最初に写真で見ていた時よりはずっと近い。
世界ランキング二位ではなく。
エイドリアン・クロフォードという人間が、少しずつ見えてきていた。
「ただ」
クロフォードが続ける。
「黒瀬」
「……はい」
「帰る前に、もう一つだけ」
クロフォードは、蓮を真っ直ぐ見る。
「頼みたいことがある」
「…………」
蓮が首を傾げる。
「頼みたいこと?」
「ああ」
さっきまでより、ほんの少しだけ。
クロフォードの目が、冒険者のものへ変わった。




