第181話 聞かないということ
七年間の話は、そこで終わった。
クロフォードは本当に、それ以上何も聞かなかった。理由も、どこにいたのかも、どうして記録だけが存在していたのかも。
少しの沈黙のあと、クロフォードは目の前のカップへ手を伸ばした。
「ところで」
「……はい」
「今は、普段どう過ごしているんだ?」
「普段?」
「ああ。依頼以外の時も含めて」
「…………」
蓮は少し考える。
「美月と家にいて」
「うん」
「玲奈とひなたも、よく来ます」
「そうなのか」
「はい」
美月が小さく笑う。
「最近は四人でいること、多いよね」
「……うん」
「依頼に行ったり、ご飯食べに行ったり」
玲奈が付け加える。
「この前は焼肉だったよね」
「次は寿司」
蓮がすぐに答えた。
「覚えてたんだ」
「……行くって言ったから」
「はいはい」
玲奈が笑う。
クロフォードは、そのやり取りを静かに見ていた。
「黒瀬は、そういう時間が楽しいのか?」
「…………」
蓮は少しだけ考える。
依頼へ行く。
一緒に戦う。
帰って、食事をする。
何でもない話をする。
今では、それを自分から次もやりたいと思うことが増えていた。
「……楽しいです」
「そうか」
「はい」
今度は、ほとんど迷わなかった。
「最近は」
蓮が続ける。
「次に四人で行く依頼も、自分で見てます」
「蓮が?」
玲奈が少し驚いた顔をする。
「前に、美月が撮ってくれた依頼の写真」
「ああ、あれか」
「……うん」
「自分から探してるんだ」
「四人で行けそうなの、あるかなって」
「…………」
美月が、少しだけ嬉しそうに蓮を見る。
「いいの見つかった?」
「まだ」
「そっか」
クロフォードは、その会話を黙って聞いていた。
世界ランキング一位として何をしているのか。
そう聞けば、普通なら高難度ダンジョンや大規模な依頼の話を想像する。
けれど、蓮が話しているのは、一緒に依頼へ行く仲間のことや、次に何を食べるかという話だった。
「黒瀬」
「……はい」
「一つ聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「今、何をしている時が一番楽しい?」
「…………」
蓮は少しだけ止まった。
一つに決めるのは難しい。
美月と家にいる時。
四人で依頼へ行く時。
玲奈たちと食事をする時。
「一番は」
蓮は言葉を探す。
「……分からないです」
「そうか」
「でも」
少し考える。
「四人で何かしてる時は、楽しいと思います」
「…………」
「依頼でも」
「ご飯でも」
「……たぶん」
クロフォードが、僅かに笑った。
「十分な答えだと思う」
「……そうですか?」
「ああ」
蓮は小さく頷いた。
少しして、今度は蓮から口を開く。
「クロフォードさん」
「何だ?」
「もっと」
言葉を探す。
「俺のこと、聞くのかと思ってました」
「聞きたいことはある」
「……やっぱり」
「ああ」
クロフォードは隠さず答えた。
蓮が少しだけ身構える。
けれど。
「ただ」
「?」
「今日は、もう十分だ」
「…………」
蓮がクロフォードを見る。
「十分?」
「ああ」
「君がどういう人間なのかは、少し分かってきたからな」
「……俺が?」
「そうだ」
クロフォードは、落ち着いた声で続ける。
「少なくとも、世界一位という肩書きより、今一緒にいる人間の方を大切にしている」
「…………」
蓮は少し考える。
それは、自分ではあまり意識したことがなかった。
けれど。
「……たぶん」
「違うか?」
「いえ」
蓮は美月たちを見る。
「合ってると思います」
「そっか」
美月が小さく笑う。
玲奈とひなたも、それ以上何も言わなかった。
部屋の空気は、さっきまでより少しだけ柔らかくなっていた。
蓮は、その中でクロフォードを見る。
七年間のことを聞かれて、少し身構えた。
けれど、話したくないと言えば、それ以上は聞かなかった。
そして今は、秘密ではなく。
今の自分のことを聞いている。
「…………」
まだ会ったばかりだ。
まだ、知らないことの方が多い。
それでも。
クロフォードと話すことへの警戒は、最初より少しだけ薄れていた。




