第175話 会いたかった理由
しばらくして、職員が飲み物を置き、部屋を出ていった。
部屋に残ったのは、蓮、美月、玲奈、ひなた、支部長。そして、エイドリアン・クロフォード。
支部長は会話に割って入ることなく、少し離れた席から静かに様子を見ていた。
蓮は、目の前に置かれた飲み物へ一度視線を落としてから、クロフォードを見る。
「…………」
クロフォードも、蓮を見ていた。
「黒瀬」
「……はい」
「一つ、聞いてもいいか?」
「……どうぞ」
クロフォードは、少しだけ考える。
「君は、自分が世界ランキング一位だと知った時、どう思った?」
「…………」
蓮は止まった。予想していなかった質問だった。
「どう……」
「驚いたのか?」
「…………」
蓮は、少し考える。
「たぶん」
「たぶん?」
「……最初は、よく分からなかったです」
クロフォードが、黙って続きを待つ。
「冒険者登録したら、カードに一位って出て」
「……その時に、初めて知ったので」
「自分がUnknownだということも?」
「……はい」
「そうか」
クロフォードは静かに頷いた。
美月たちも、支部長も何も言わない。
蓮は、もう少し言葉を探した。
「でも」
「……一位って言われても」
「今も、あまり分からないです」
「分からない?」
「どれくらいすごいのか、とか」
少し間を置く。
「一位だから何が変わるのか、とか」
「…………」
クロフォードは、僅かに目を細めた。
「一位であることに、興味がない?」
「……たぶん」
「…………」
玲奈が、隣で少しだけ苦笑する。
クロフォードは、その反応を見てから蓮へ視線を戻した。
「面白いな」
「……面白い?」
「ああ」
クロフォードは、少しだけ笑う。
「私は、長い間、その一位を見ていた」
「…………」
「自分が二位になってからも、上にはずっとUnknownがいた」
蓮は黙って聞く。
「名前も、顔も、どこの国にいるのかも分からない。それでも、一位だけは変わらなかった」
「……七年間?」
「ああ」
蓮は、少しだけ考える。
「クロフォードさんは」
「ん?」
「一位になりたいんですか?」
クロフォードは、すぐには答えなかった。
「なりたいと思ったことはある」
「……今は?」
「今は」
少し考える。
「それだけではない」
「…………」
「七年間、自分の上にいた人物が、どんな人間なのか知りたかった」
クロフォードは、蓮を見る。
「だから、日本へ来た」
「…………」
蓮は少しだけ目を伏せる。
美月から聞いた話と同じ。
けれど、本人の口から直接聞くと、少し違って感じた。
「俺」
蓮が口を開く。
「……そんなに、気になるものなんですか?」
「気になる」
即答だった。
「七年だ」
「…………」
「長い間、自分の上にいた人間が、突然目の前に現れた」
クロフォードの口元が、僅かに緩む。
「会ってみたいと思わない方が、私には難しい」
「……そうなんですね」
蓮は頷く。
けれど、自分ならどう思うのかは分からない。
もし、自分の上に誰かがいたとして。その人に会いたいと思うのか。
「…………」
少し考える。
「俺は」
「うん」
「たぶん」
言葉を探す。
「一位じゃなくなっても、あんまり気にしないと思います」
「…………」
今度は、クロフォードが止まった。
玲奈が、小さく息を漏らす。
「蓮、それ本人の前で言う?」
「……だめ?」
「いや、だめじゃないけど」
クロフォードが、僅かに笑った。
「いや」
「その方がいい」
「……?」
「君がどういう人間なのか、少し分かった」
蓮は、首を傾げる。
「俺、何か変なこと言いました?」
「変ではない」
クロフォードは答える。
「ただ、私とは違う」
「…………」
「だから、興味深い」
蓮は、その言葉を聞いて少し考える。
「クロフォードさんは」
「一位になりたいと思ったことがある」
「俺は」
少し間を置く。
「……別に、ならなくてもいい」
「そういうことだ」
「……なるほど」
蓮は、少しだけ納得した。
同じランキングの一位と二位。けれど、考えていることは違う。
それだけは、蓮にも分かった。
支部長は、二人の会話を黙って聞いていた。
世界一位と世界二位。
その二人が話しているとは思えないほど、空気は穏やかだった。
蓮もまた、目の前にいる人物を世界ランキング二位という肩書きだけではなく、少しずつ一人の人間として見るようになっていた。
エイドリアン・クロフォード。
その人物が。
少しだけ、見えてきた気がした。




