第174話 初対面
扉が開く。
蓮は、その向こうにいる人物を見た。
部屋の奥。窓際に、一人の男が立っている。その少し離れた場所には、支部長の姿もあった。
長身。写真で見た通り、蓮よりも少し背が高い。ダークブラウンの髪に、灰青色の瞳。
服装は落ち着いていた。派手な装備も、世界ランキング二位だと分かるようなものも身につけていない。
「…………」
けれど、写真で見た時とは少し違った。
ただ立っているだけなのに、妙に隙がない。力を見せつけているわけでも、威圧しているわけでもない。
身体の置き方。重心。周囲への意識。
この人は、戦うことに慣れている。
「黒瀬君」
支部長が声をかける。
「来てくれてありがとう」
「……はい」
「神崎君たちもありがとう」
「いえ」
美月が答える。
支部長は、クロフォードへ視線を向けた。
「では、改めて紹介します」
「こちらが黒瀬蓮君。そして、《アストラ》の神崎美月君、水野玲奈君、小川ひなた君です」
男が、こちらを向いた。
その視線が、最初に蓮へ向く。
「…………」
数秒。
クロフォードは、蓮を見ていた。
七年間、自分の上にいた存在。姿も名前も分からなかったUnknown。
その本人が、今、目の前にいる。
「ようやく会えた」
クロフォードが口を開く。
「Unknown」
「…………」
蓮は、少しだけ止まった。
そして。
「……黒瀬蓮です」
クロフォードの眉が、僅かに動く。
蓮は、少し考えて続けた。
「Unknownって呼ばれるの、……まだ、あまり慣れてなくて」
「そうか」
クロフォードは、すぐに頷いた。
「なら、黒瀬と呼ぼう」
「……はい」
美月たちも、それぞれ名乗る。
「神崎美月です」
「水野玲奈です」
「小川ひなたです」
クロフォードも三人を見る。
「エイドリアン・クロフォードだ。今日は同席してくれてありがとう」
「いえ」
美月が答える。
玲奈は、少しだけクロフォードを見ていた。
「…………」
写真では分からなかった。実際に目の前にすると、やはり違う。
威圧感とは少し違う。けれど、高ランク冒険者として積み重ねてきたものが、立ち姿だけでも伝わってくる。
ひなたも同じように感じているのか、いつもより少しだけ静かだった。
「では、座って話しましょう」
支部長が席を勧める。
蓮たちは、用意されていた椅子へ座った。クロフォードも、その向かいへ座る。支部長は少し離れた席についた。
「…………」
少しだけ、静かな時間が流れた。
蓮はクロフォードを見る。クロフォードも、蓮を見ている。
「日本語」
蓮が口を開いた。
「……本当に話せるんですね」
クロフォードが、少しだけ目を細める。
「ああ。母が日本人なんだ」
「子供の頃は、日本にも住んでいた」
「……そうなんですね」
蓮は少しだけ頷く。
「……よかった」
「?」
「英語、話せないので」
「…………」
クロフォードの口元が、僅かに緩んだ。
「なら、日本語で話そう」
「……お願いします」
玲奈が、隣で少しだけ笑う。
蓮が見る。
「何?」
「別に」
「……?」
蓮には、よく分からなかった。
クロフォードは、そのやり取りを静かに見ていた。
想像していたUnknownとは、ずいぶん違う。
七年間、自分の上にいた存在。
もっと近寄りがたい人物を想像していた。あるいは、自分が世界一位であることを当然のように受け入れている人物。
けれど、目の前の青年はそうではない。
少し無口で、会話のたびに言葉を探す。世界一位という肩書きさえ、自分のものとして馴染んでいないように見える。
「黒瀬」
「……はい」
「今日は、会ってくれてありがとう」
「……いえ」
蓮は短く答えた。
また、少しだけ静かになる。
けれど、さっきまでとは違う。
知らない人間同士の、ただ重い沈黙ではなかった。
蓮は、目の前の男を見る。
世界ランキング二位。エイドリアン・クロフォード。
まだ、どんな人なのかはほとんど分からない。
ただ。
少なくとも。
話しにくい人ではなさそうだった。




