第170話 世界二位が会いたい
夕方。
美月が家へ戻ると。
「ただいま」
少しして。
「……おかえり」
蓮の声が返ってきた。
「…………」
美月は少しだけ笑い、リビングへ向かう。
蓮はソファに座っていた。手にはスマートフォン。画面に映っているのは、以前、美月がギルドで撮って送ってくれた何枚かの依頼票。
「蓮」
「……ん?」
「依頼見てたの?」
「……うん」
少し考えて。
「四人で選ぶ時」
「どんなのがあるのかなって」
「そっか」
美月は向かい側へ座る。
「…………」
蓮が少しだけ美月を見る。
「……どうしたの?」
「え?」
「なんか」
少し止まる。
「……話ある?」
「…………」
美月が少し驚く。
以前より蓮は、周囲の様子を見て、少しずつ言葉にするようになっている。
「うん」
「ちょっとね」
美月はスマートフォンをテーブルへ置く。
「今日」
「支部長から連絡があったの」
「……支部長から?」
「うん」
「蓮のことで」
「……俺?」
美月は少し間を置く。
「世界ランキング二位の人が」
「蓮に会いたいって」
「…………」
蓮が止まる。
「……俺に?」
「うん」
「なんで?」
美月は、今日その人物が日本へ来たこと。七年間、世界ランキングでUnknownのすぐ下にいたこと。そして、Unknownの正体が蓮だと分かったことで、本人に直接会ってみたいと思い、日本まで来たことを話す。
「…………」
蓮は少し考える。
「世界二位って」
「……そんなにすごいの?」
「うん」
「世界でも」
「本当に一握りの人だよ」
「……そうなんだ」
それでも、蓮の反応は大きくない。
世界一位。世界二位。
そう言われても、蓮にはまだ、その違いがよく分からない。
「支部長からは」
「蓮が嫌なら」
「断っていいって」
「住所とか」
「連絡先も」
「向こうには教えてないから」
「……うん」
「だから」
美月は蓮を見る。
「蓮が決めていいよ」
「会いたくなければ」
「会わなくてもいい」
「…………」
蓮は少し長く考える。
「……その人」
「うん」
「俺に会うために」
「日本まで来たんだよね?」
「そうみたい」
「…………」
また少し考える。
「どんな人?」
「私も」
「直接会ったことはないよ」
「でも」
「有名な人だから」
「名前は知ってる」
「……うん」
「少なくとも」
「問題を起こすような人って話は」
「聞いたことないかな」
「今回も」
「蓮の住所を教えろとか」
「無理に会わせろとか」
「そういうことは言ってないみたい」
「ちゃんと」
「ギルドを通して」
「蓮本人に確認してほしいって」
「…………」
蓮は黙る。
自分に会いたい。
それだけのために、遠い国から日本まで来た。
けれど、勝手に自分のところへ来るのではなく、ギルドを通して自分に会っていいか聞いてきた。
「…………」
蓮はもう一度考える。
そして。
「……会ってもいい」
「え?」
「その人」
蓮が美月を見る。
「……会ってもいいよ」
「いいの?」
「……うん」
「無理してない?」
「してない」
「…………」
少しだけ言葉を探す。
「俺に会うために」
「わざわざ来たんだよね」
「うん」
「だったら」
少し止まる。
「……断る理由ないから」
「…………」
美月は蓮を見る。
そして。
「分かった」
少し笑う。
「じゃあ」
「支部長に伝えておくね」
「……うん」
美月がスマートフォンを手に取る。
その時。
「美月」
「ん?」
「名前」
「名前?」
「……その人の」
「ああ」
美月が答える。
「エイドリアン・クロフォード」
「…………」
蓮はその名前を一度、頭の中で繰り返す。
「クロフォード……」
「うん」
「イギリスの冒険者だよ」
「……イギリス」
遠い国。
十年前、まだ普通に学校へ通っていた頃なら、自分とはほとんど関わることのなかった場所。
そこから、世界ランキング二位の人間が自分に会うために日本まで来ている。
「…………」
少しだけ変な感じがした。
けれど、嫌ではない。
「……いつ会うの?」
「まだ決まってないよ」
「これから」
「蓮が会ってもいいって」
「伝えるところだから」
「……そっか」
蓮は少し考える。
「決まったら」
「教えて」
「うん」
「分かった」
美月は支部長へ連絡を入れる。
その横で、蓮は再びスマートフォンへ視線を戻す。
画面には、美月が以前ギルドで撮ったいくつもの依頼票。
「…………」
エイドリアン・クロフォード。
どんな人なのか。
それくらいは、会えば分かる。
蓮はそう思いながら、また依頼票の写真をゆっくり眺め始めた。




