↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
168/524

第167話 新しい日常

翌朝。


「…………」


 蓮が目を開ける。


 最初に耳へ入ったのは、家の中の音だった。


 小さな食器の音。水の流れる音。冷蔵庫が開いて、閉じる音。


「…………」


 蓮は天井を見たまま、少しだけ意識を広げる。


 人の気配。一人。場所はキッチン。


「…………」


 分かっている。誰なのか。確認する必要なんて、本当はない。


 それでも、まだ身体は先に確かめてしまう。十年間、そうして生きてきた。


 でも今は、魔物ではない。危険でもない。


 そこにいるのは、美月。


「…………」


 蓮はゆっくり身体を起こした。


      ◆


「おはよう、蓮」


 リビングへ入ると、美月が振り返った。


「…………」


 蓮は一瞬、いつものように頷くだけで終わりかける。


 けれど。


「……おはよう」


 少しだけ続ける。


「美月」


「…………」


 美月がほんの少し目を見開いた。でも、何も言わない。ただ笑う。


「うん。おはよう」


「……うん」


 蓮は椅子に座る。


 目の前には朝食。湯気の立つ味噌汁。焼いた魚。ご飯。


「食べよっか」


「……うん」


      ◆


 食事の途中。


 テーブルの上に置いていた蓮のスマートフォンが震えた。


「……?」


 画面を見る。


 《アストラ》


 四人のグループメッセージ。


 玲奈。


『昨日楽しかった!』


 その下。


『次の依頼いつ行く?』


 さらに、ひなた。


『お寿司も忘れないでくださいね』


「…………」


 蓮は画面を見たまま止まる。


「玲奈たち?」


「……うん」


「なんて?」


「次の依頼」


「うん」


「あと」


 少しだけ画面を見る。


「……寿司」


 美月が笑う。


「覚えてるね」


「……うん」


「返さないの?」


「…………」


 蓮がスマートフォンを見る。


「何て返す?」


「それ、私に聞くの?」


「…………」


 以前なら聞いていた。何と送ればいいのか。どう返せばいいのか。正解を探すように。


 でも今は、少しだけ違う。


「…………」


 蓮は自分で文字を打ち始める。ゆっくり、一文字ずつ。


『次の依頼も行きたい』


 少し止まる。


 さらに。


『寿司も行きたい』


「…………」


 送信。


 すぐに既読がつく。


 玲奈。


『おお!』


『ちゃんと希望が二つ入ってる!』


 ひなた。


『楽しみにしてます』


「…………」


 蓮は画面を見る。


「何て?」


 美月が聞く。


「……褒められた」


「そっか」


「…………」


 少しだけ考える。


「……これでいい?」


 美月が笑う。


「蓮」


「……?」


「また正解探してる」


「…………」


「送りたかったこと、送れた?」


「……うん」


「じゃあ、それでいいよ」


「…………」


 蓮はもう一度、自分が送った文章を見る。


 次の依頼も行きたい。


 寿司も行きたい。


「…………」


 少し前なら、自分がこんなことを誰かへ送るとは思っていなかった。


      ◆


 朝食が終わる。


 美月が食器を片づけながら聞いた。


「今日はどうする?」


「……今日」


「うん」


「…………」


 蓮が少し考える。


 予定は特にない。だから以前なら、何でもいい。そう答えていた。


「…………」


 でも今は、少しだけ浮かんでいるものがある。


「……ギルド」


「ギルド?」


「……うん」


「何かある?」


 蓮が少しだけ言葉を探す。


「次の依頼」


「…………」


「見たい」


「蓮が?」


「……うん」


 美月が少しだけ笑う。


「じゃあ行こっか」


「…………」


 蓮がそこで、もう少しだけ続ける。


「今度は」


「うん?」


「四人で」


「…………」


「選びたい」


「…………」


 美月が蓮を見る。


「そっか」


「……うん」


「じゃあ玲奈とひなたにも連絡しよ」


「……俺が?」


「できる?」


「…………」


 蓮はスマートフォンを見る。少しだけ考える。


「……やってみる」


      ◆


 ダンジョンにいた十年間。


 蓮は、生き残ることを最優先にしていた。


 次の魔物。次の階層。食べ物。水。眠れる場所。怪我。魔力。逃げ道。どう戦えば死なないか。


 明日、何をしたいか。


 そんなことを考える余裕はなかった。


 考えるのは、どこへ進むか。何を食べるか。どこで眠るか。どうすれば明日も生きていられるか。


 それだけだった。


 誰かと何を食べたいか。誰かとどこへ行きたいか。誰かと何をしたいか。


 そんな予定は必要なかった。


 今は違う。


      ◆


「蓮?」


「……?」


「また考えてる?」


 美月が玄関で靴を履きながら聞く。


「……うん」


「何考えてた?」


「…………」


 蓮が少し止まる。


 以前なら、分からない。それだけで終わっていたかもしれない。


「……ダンジョンにいた時」


「うん」


「何するか」


「…………」


「考える時」


 少しだけ言葉を探す。


「生きることしか」


「…………」


「考えてなかった」


 美月は黙って聞く。


「今日は」


「うん」


「ギルド行って」


「…………」


「次の依頼見て」


「うん」


「玲奈とひなたにも会って」


「…………」


「今度」


 少し考える。


「寿司も行く」


「うん」


「…………」


 蓮が美月を見る。


「なんか」


「なに?」


「……いっぱいある」


 美月が少しだけ目を細める。


「やりたいこと?」


「…………」


 蓮は考える。


 依頼。四人で戦う。寿司。焼肉。玲奈とひなた。美月。帰る場所。次の予定。


「……たぶん」


「そっか」


「…………」


「増えたね」


「……うん」


      ◆


 美月が玄関の扉へ手をかける。


「じゃあ」


「……うん」


「行こっか」


 扉が開く。


 外から朝の光が入ってくる。


「…………」


 蓮はその向こうを見る。


 十年前、ダンジョンへ入った時、その先に何があるのか分からなかった。ただ、生きて帰りたかった。


 そして十年かけて帰ってきた。


 帰ってきてからも、最初は何をすればいいのか分からなかった。人とどう話せばいいのか分からなかった。自分が何を感じているのかも分からなかった。


 お金が何のために必要なのか、考えることもなかった。


 十年間、一人で、全部やることが当たり前になっていた。


 でも今は、少しだけ違う。


「美月」


「ん?」


 美月が振り返る。


「…………」


 蓮は言葉を探す。


 すぐには出てこない。それでも、美月は待っている。


「今の生活」


「うん」


「…………」


 蓮がゆっくり続ける。


「……好きかも」


「…………」


 美月が少しだけ目を見開く。


「そっか」


「……うん」


「私も好きだよ」


「…………」


 蓮は少しだけ考える。


「……そうなんだ」


「そうだよ」


 美月が笑った。


      ◆


 十年前。


 蓮がダンジョンの中で、何より欲しかったものはただ一つ。


 生きて、帰ること。


 それだけだった。


 でも今は、帰る場所がある。待っている人がいる。一緒に戦う仲間がいる。一緒に食べたいものがある。次に行きたい場所がある。明日、やりたいことがある。


 そして、それを少しずつ自分で理解して、少しずつ言葉にできるようになっている。


「……行こう」


 蓮が自分から言う。


「うん」


 二人は並んで家を出た。


 十年ぶりに戻ってきた蓮の日常は、もう新しく動き始めている。


 それは、ダンジョンの中では決して手に入らなかったもの。


 世界ランキング一位でも、Unknownでもない。


 黒瀬蓮として生きる、新しい日常。


 そして、その日常はまだ始まったばかりだった。


          第二部 完

ここまで見てくださりありがとうございます。

これにて第二部の完結とさせていただきます。

この二部でやっとタイトルを回収をしました。

第三部も引き続きよろしくお願いします。

良かったら評価 ブックマークをお願いします。

励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
物語が動きそうで楽しみ
まずはここまで、お疲れさま。 ここで終わっても綺麗に纏まってると思う。 もっと続くのは嬉しい。第三部も自分のペースで頑張ってください。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。