第166話 四人で食べる
ダンジョンを出たあと。
四人はそのまま、冒険者ギルドへ戻った。
◆
「お疲れさまでした」
受付で、美月が今回の依頼について報告する。
「《鉄殻大蜥蜴》の大型個体、討伐完了です」
「確認いたします」
討伐証明。回収した魔石。指定された素材。それらを順番に確認していく。
「問題ありません」
受付職員が書類へ記録する。
「これで依頼完了となります」
「ありがとうございます」
美月が小さく頭を下げる。
玲奈が隣で伸びをした。
「よし」
「……?」
蓮が見る。
「今度こそ」
玲奈がにやっと笑う。
「焼肉」
「…………」
蓮は少しだけ考える。そして。
「……行きたい」
「よし!」
「玲奈さん」
ひなたが少し笑う。
「さっきも聞いてましたよね」
「何回確認してもいいでしょ」
「……何回も?」
「蓮が自分から『行きたい』って言うの、まだ珍しいから」
「…………」
蓮は少し考える。
「……そう?」
「そう」
◆
ギルドを出て、四人は焼肉店へ向かった。
以前、蓮は美月と二人で焼肉を食べたことがある。
地上へ戻って、まだそれほど経っていなかった頃。十年間、一人で生きるために食べていた蓮にとって、店で誰かと向かい合って肉が焼けるのを待つ。そんな食事そのものが久しぶりだった。
その時、向かいにいたのは美月だけ。
今日は違う。
◆
「四名様ですね」
「はい」
案内された席に四人が座る。
美月の隣に蓮。向かいに玲奈とひなた。
「さて」
玲奈がメニューを開く。
「何食べる?」
「私はタン食べたいです」
「じゃあタン」
「美月は?」
「私は何でもいいよ」
「一番困るやつ」
「玲奈が好きなの頼めば?」
「じゃあいっぱい頼む」
「ほどほどにね」
「…………」
蓮はメニューを見ていた。
写真。名前。値段。いろいろな肉が並んでいる。
「蓮は?」
ひなたが聞く。
「……俺?」
「はい」
「食べたいものあります?」
「…………」
いつもなら、何でもいい。そう答えていたかもしれない。
けれど今は、少し考える。
「……前」
「前?」
蓮が美月を見る。
「美月と食べた」
「焼肉?」
「……うん」
「何食べたっけ」
「…………」
蓮がメニューを見る。
「これ」
指を差す。
「カルビ?」
「……たぶん」
「たぶん?」
玲奈が笑う。
「食べた本人が分かんないの?」
「……肉だった」
「全部肉だよ!」
ひなたが思わず笑う。美月も口元を押さえていた。
「じゃあカルビも頼もっか」
「……うん」
◆
しばらくして、テーブルいっぱいに肉が並んだ。
「よし」
玲奈がトングを持つ。
「焼くよ」
「玲奈さん」
「ん?」
「一気に乗せすぎです」
「大丈夫大丈夫」
「絶対焦げますよ」
「焦げる前に食べればいい」
「それができないから言ってるんです」
「…………」
蓮は二人を見る。
その横で、美月が網の上の肉をひっくり返す。
「蓮」
「……?」
「これ、もう食べられるよ」
「……うん」
蓮が肉を取る。
一口。
「…………」
「どう?」
「……美味しい」
「よかった」
美月が笑う。
前にも似たようなことがあった。美月に焼けた肉を教えてもらって、それを食べた。
でも今日は。
「蓮、それ私の肉!」
「……?」
玲奈の声。
「それ私が育ててたやつ!」
「……育てる?」
「焼いてたってこと!」
「…………」
「玲奈さん」
ひなたが呆れたように笑う。
「網の上に置いたら共有財産です」
「そんなルールない!」
「…………」
蓮は口の中の肉を食べる。
「……美味しい」
「感想そこ!?」
◆
少しして、蓮がふと三人を見る。
「…………」
美月。玲奈。ひなた。
目の前には肉。ご飯。飲み物。
それぞれが好きなものを食べて、くだらないことで話している。
「どうしたの?」
美月が蓮の視線に気づく。
「……前と違う」
「前?」
「……焼肉」
「うん」
「前は」
蓮が少し考える。
「美月と二人だった」
「そうだね」
「今日は」
三人を見る。
「……四人」
「うん」
玲奈が肉を食べながら蓮を見る。
「嫌?」
「…………」
蓮は少し考える。
「違う」
「じゃあ?」
「…………」
言葉を探す。
「前も」
「うん」
「……よかった」
美月が静かに聞いている。
「でも」
「うん」
「今日は」
玲奈とひなたを見る。
「……こっちもいい」
「…………」
玲奈が少しだけ止まる。
「それ褒めてる?」
「……褒めてる」
「ほんと?」
「……うん」
「じゃあ許す」
「何を?」
「何でもない」
◆
「そういえば」
玲奈が新しい肉を網へ乗せる。
「今日の戦闘」
「……?」
「結局どうだった?」
「さっき聞いたでしょ」
美月が言う。
「聞いたけど」
「……?」
「今はご飯食べながらだし」
玲奈が蓮を見る。
「もうちょっと出てくるかもしれないじゃん」
「…………」
蓮は少し考える。
「前より」
「うん」
「……パーティーっていうのが」
少し止まる。
「分かった気がする」
「どういうこと?」
「…………」
蓮は言葉を探す。
「俺だけ」
「うん」
「分かってるより」
「…………」
「みんなに伝えた方が」
「うん」
「……戦いやすかった」
玲奈が静かに頷く。
「そっか」
「……うん」
美月も少し笑う。
「ちゃんと伝わったよ」
「…………」
蓮は小さく頷いた。
◆
「じゃあ」
ひなたが話題を変える。
「次は何食べたいですか?」
「……次?」
「はい」
「今日が焼肉ですから」
「…………」
「次に四人で行くなら」
蓮が考える。
少し前まで、そんなことを考えたこともなかった。
食事は、生きるため。腹が減ったから食べる。それだけだった。
でも今は違う。
「…………」
「寿司」
「お」
玲奈がすぐに反応する。
「出た」
「……何?」
「食べたいもの」
「…………」
「前より早く出てきたじゃん」
「……そう?」
「そう」
美月も少し笑う。
「お寿司も前に食べた?」
「……うん」
「気に入った?」
「…………」
蓮が少し考える。
「……美味しかった」
「じゃあ次は寿司ですね」
ひなたが嬉しそうに言う。
「…………」
蓮が三人を見る。
「……四人で?」
「もちろん」
玲奈が答える。
「…………」
少しだけ間があって。
「……行きたい」
今度は以前より早く言えた。
◆
食事が終わり、会計へ向かう。
「じゃあ」
玲奈が財布を出す。
「四人で割ろっか」
「……俺が払う」
「は?」
「…………」
蓮が玲奈を見る。
「俺」
「うん」
「……払える」
「それは知ってる!」
「……?」
玲奈が思わず声を上げる。
「なんで全部払おうとするの」
「……お金あるから」
「それも知ってるって!」
美月が苦笑する。
「蓮」
「……なに?」
「蓮が払いたいなら」
「……うん」
「今度、ご馳走してもらうのもいいけど」
「…………」
「今日は」
美月が玲奈とひなたを見る。
「最初の四人での焼肉だし」
「うん」
「みんなで出そっか」
「…………」
蓮は少し考える。
「……割り勘?」
「そう」
「…………」
「それも普通?」
「まあ」
美月が笑う。
「そういうことも多いかな」
「…………」
玲奈が蓮を見る。
「だから今日は割り勘」
「……分かった」
「でも」
「……?」
玲奈がにやっと笑う。
「次、蓮がどうしても奢りたいって言うなら考える」
「……奢る」
「今日は違う!」
「…………」
ひなたが小さく笑った。
◆
店を出た頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「食べたー」
玲奈が満足そうに大きく息を吐く。
「玲奈さん、最後食べすぎです」
「ひなたも食べてたじゃん」
「玲奈さんほどじゃないです」
「美月は?」
「普通」
「蓮」
「……?」
「お腹いっぱい?」
「……うん」
「美味しかった?」
「……うん」
そこで蓮が止まる。
いつもなら、ここで終わる。
「…………」
「それと」
「ん?」
玲奈が見る。
「……四人で食べたの」
「うん」
「楽しかった」
「…………」
三人が少しだけ静かになる。
「ちゃんと言えたじゃん」
玲奈が笑う。
「……うん」
「次は寿司ですね」
ひなたも笑う。
「……うん」
「絶対だからね」
「…………」
蓮は少し考えて。
「……楽しみ」
◆
駅へ向かう途中。
玲奈とひなたが、二人とは別方向へ向かう。
「じゃあ、ここで」
「またね」
「おやすみなさい」
「……うん」
蓮がいつものように答える。
二人が歩き出す。
「…………」
蓮がその背中を見る。
「玲奈」
「ん?」
「ひなた」
「はい?」
二人が振り返る。
「…………」
蓮は少しだけ言葉を探す。
「また」
「うん」
「……行こう」
玲奈が少し笑う。
「焼肉?」
「……それも」
「それも?」
「…………」
蓮が少し考える。
「依頼も」
「…………」
「四人で」
玲奈とひなたが顔を見合わせる。
「もちろん」
「また行きましょう」
「……うん」
今度は、その一言だけでも十分だった。
◆
同じ夜。
空港。
国際線の到着ロビー。
数人の関係者が、緊張した表情で出口を見つめていた。
しばらくして、一人の人物が姿を現す。
「お待ちしておりました」
「…………」
出迎えた職員が頭を下げる。
その人物はほとんど反応を示さず、手に持っていたスマートフォンへ視線を落とした。
画面に表示されているのは、一人の男。
黒瀬蓮。
そして、その横に表示された世界ランキング第一位。
「…………」
七年間、誰も正体を知らなかった名前。
Unknown。
その正体が、ようやく世界へ現れた。
「……黒瀬蓮」
小さく名前を読む。
そして、僅かに口元を上げた。
「やっと」
「…………」
「会える」
蓮が四人で過ごす普通の時間を、少しずつ楽しめるようになっていた頃。
その日常の外側では、世界ランキング一位、黒瀬蓮に会うために、最初の世界ランカーが日本へ足を踏み入れていた。




