第165話 伝える戦い
三日後。
朝。
四人は冒険者ギルドの前に集まっていた。
「全員そろったね」
美月が三人を見回す。
「じゃあ、行こっか」
「うん」
「はい」
玲奈とひなたがそれぞれ答える。
美月が蓮を見る。
「蓮も準備いい?」
「……うん」
蓮が小さく頷く。
「行こう」
四人はそのまま、冒険者ギルドの中へ入っていった。
◆
受付で、三日前に選んだ依頼を正式に受注する。
今回の依頼はBランク。指定魔物討伐。
管理ダンジョン内の特定階層で、通常より大型の《鉄殻大蜥蜴》が何度も目撃されている。通行する冒険者への危険性が高いとして、討伐対象に指定されていた。
「じゃあ」
美月が依頼内容をもう一度確認する。
「対象は《鉄殻大蜥蜴》の大型個体」
「……蜥蜴」
「うん」
「硬い外殻が特徴で」
ひなたが資料を見ながら続ける。
「正面からの攻撃は、かなり通りにくいみたいです」
「尻尾も厄介なんだよね」
玲奈が剣の柄に手を置く。
「薙ぎ払いの範囲が広い」
「あと」
美月が蓮を見る。
「今回は覚えてる?」
「……何を?」
「今日の目標」
「…………」
蓮が少し考える。
「四人で戦う」
「うん」
「俺だけで」
少し止まる。
「……終わらせない」
玲奈が満足そうに頷く。
「よし」
「……そんなに大事?」
「大事」
「即答」
「蓮放っておいたら一撃で終わらせるじゃん」
「…………」
蓮は否定できずに黙った。
◆
依頼を受注して、四人は対象の管理ダンジョンへ向かった。
中へ入り、しばらく進む。
今回も蓮は《封魔の手袋》で能力を制限している。
隊列は、前に玲奈。その少し後ろに蓮。中央に美月。後方にひなた。前回とほぼ同じ。
「反応あります」
ひなたが足を止めた。
「前方」
「数は?」
美月が聞く。
「三……」
少しだけ目を細める。
「いえ」
「……?」
「四体かもしれません」
「…………」
蓮はすでに気づいていた。
「右」
「え?」
玲奈が蓮を見る。
「…………」
蓮が止まる。
今、自分が言ったのは一言だけ。
「……右に三体」
「うん」
美月がすぐに反応する。
「それと」
蓮が少しだけ考える。
「奥に、もう一体」
「強さは?」
「…………」
いつもなら、そこで頭の中だけで判断する。けれど今日は、口に出す。
「奥の方が」
「うん」
「……少し強いと思う」
ひなたが蓮を見る。
「私の感知より早いですね」
「……気配で分かる」
「なるほど」
玲奈が少し笑う。
「今の分かりやすかったじゃん」
「……そう?」
「うん」
◆
三体の魔物は《灰牙狼》。
奥には少し大きな個体。群れの中心らしい。
「玲奈」
「うん」
「正面お願い」
「了解」
「蓮は右から」
「……分かった」
美月の指示で四人が動く。
玲奈が先頭の一体を受け止める。美月の炎がその横を抜ける。ひなたが補助魔法を重ねる。蓮は右へ回り込む。
「……左」
「左の何!?」
玲奈が叫ぶ。
「…………」
一体。左側から玲奈へ飛び込もうとしている。
「……魔物、一体」
「うん!」
「近づいてる」
「それ先に言って!」
「…………」
蓮は少しだけ考える。
「……分かった」
「次からね!」
「……うん」
蓮もすぐに動いた。
◆
数分後。
四体を問題なく倒す。
「ふぅ」
玲奈が剣を下ろす。
「蓮」
「……なに?」
「さっき」
「……うん」
「ちゃんと付け足したね」
「…………」
「最初『左』だけだったのに」
「……うん」
「そのあと説明した」
「…………」
蓮は少し考える。
「……分からなかったから」
「何が?」
「どこまで言えば」
「…………」
「伝わるのか」
玲奈の表情が少しだけ柔らかくなる。
「そっか」
「……うん」
「じゃあ」
玲奈が剣を収める。
「分からなかったら、ちょっと多めに言って」
「……多め」
「そう」
「…………」
「短すぎるよりは、その方が助かる」
「……分かった」
ひなたが小さく笑う。
「今のもちゃんと伝わってますよ」
◆
さらに奥へ進む。
「止まってください」
ひなたが声を落とした。
「前方に大きな反応」
「距離は?」
「そこまで遠くありません」
美月が蓮を見る。
「蓮は?」
「……いる」
「対象?」
「…………」
蓮が少しだけ意識を集中する。
「大きい」
「うん」
「動き遅い」
「…………」
「魔力は」
少し考える。
「……さっきよりかなり強い」
「対象の可能性高そうね」
玲奈が剣を抜く。
「行こう」
◆
少し進んだ先。
開けた空間。
そこに巨大な蜥蜴がいた。
体長、数メートル。背中から頭部にかけて金属のような硬い外殻。太い尾を地面に引きずっている。
「《鉄殻大蜥蜴》」
ひなたが小さく言う。
「対象の大型個体です」
「よし」
玲奈が一歩前に出る。
「行くよ」
「待って」
美月が全員を見る。
「役割確認」
「うん」
「玲奈が正面」
「了解」
「蓮は右側」
「……分かった」
「私は中距離から魔法」
「はい」
「ひなたは支援と周囲警戒」
「分かりました」
「蓮」
「……?」
「見えてることあったら」
「…………」
「ちゃんと教えて」
「……うん」
◆
戦闘が始まる。
玲奈が正面から踏み込む。《鉄殻大蜥蜴》が巨大な口を開く。
「玲奈」
「何!?」
「次」
「うん!」
「……尻尾」
玲奈が即座に後ろへ跳ぶ。
直後、巨大な尾が横薙ぎに空気を裂いた。
「助かった!」
「……うん」
蓮は右へ回る。
外殻。硬い。けれど腹部は薄い。
「美月」
「何?」
「腹」
「……?」
言葉が足りない。
「…………」
蓮はすぐに続ける。
「腹の方が」
「うん」
「……外殻薄い」
「分かった!」
美月が魔力を集める。
◆
《鉄殻大蜥蜴》が蓮へ向きを変える。
「来る」
「何が!?」
玲奈の声。
「…………」
蓮が止まる。そして。
「……突進」
「どっち!?」
「右から」
「了解!」
今度は玲奈も迷わない。
《鉄殻大蜥蜴》が地面を蹴る。巨体とは思えない速度で突進する。
「玲奈!」
美月が叫ぶ。
「分かってる!」
玲奈が正面から外れる。蓮も同時に側面へ回る。
「今!」
美月の炎が腹部へ直撃する。
《鉄殻大蜥蜴》が大きく身体を震わせた。
◆
「効いてる!」
玲奈が叫ぶ。
「でもまだ!」
「…………」
蓮は相手を見る。
動き。足。尾。視線。
次にどう動くか、全部分かる。
今なら一人ですぐに倒せる。けれど今日はそうしない。
「玲奈」
「うん!」
「次」
少しだけ言葉を探す。
「左足から動く」
「左?」
「……うん」
「そのあと」
蓮が相手を見る。
「尾が来る」
「分かった!」
玲奈が先に構える。
《鉄殻大蜥蜴》が左足を踏み込む。直後、巨大な尾。
玲奈は予測していたように剣で受け流す。
「できた!」
「…………」
蓮が小さく頷く。
◆
「ひなた」
「はい!」
「玲奈に」
「……?」
「強化」
「分かりました!」
補助魔法が玲奈へ重なる。
「美月」
「うん」
「次」
「…………」
蓮が相手を見る。
外殻。右側。少しだけ浮いている。
「俺が」
「うん」
「外殻ずらす」
「…………」
三人が蓮を見る。
「玲奈」
「何?」
「そのあと」
少しだけ考える。
「動き止めて」
「了解」
「美月」
「うん」
「腹に魔法」
「任せて」
「ひなた」
「はい」
「玲奈の補助」
「分かりました」
「…………」
蓮は一度、三人を見る。
「……それで倒せる」
「よし」
美月がすぐに頷く。
「それで行こう」
◆
蓮が一気に距離を詰める。
《黒月》を抜く。
斬るのではない。
刀身を外殻の隙間へ差し込み。
「…………」
力を必要な分だけ加える。
硬い外殻が僅かに浮く。
「玲奈!」
「分かってる!」
玲奈が前脚へ強烈な斬撃を入れる。巨体が崩れる。
「ひなた!」
「はい!」
玲奈へさらに身体強化。
「美月!」
「今!」
炎。圧縮された高温の魔法が、露出した腹部へ叩き込まれる。
轟音。
《鉄殻大蜥蜴》の身体が大きく跳ね、そして地面へ倒れる。
「…………」
動かない。
ひなたが少しだけ反応を確かめる。
「……討伐完了です」
「よし!」
玲奈が剣を下ろした。
◆
蓮は倒れた《鉄殻大蜥蜴》を見る。
「…………」
自分一人なら、もっと早かった。たぶん一撃で終わっていた。
でも今日は違った。
玲奈が動きを止めた。ひなたが玲奈を支えた。美月が魔法を撃った。自分も外殻を崩した。
そして、それぞれが自分の役割をした。
そのために、自分が見えていることを伝えた。
「…………」
それで、四人の動きが繋がった。
◆
「蓮」
「……?」
玲奈が近づいてくる。
「今のよかったじゃん」
「……何が?」
「ちゃんと全部言ってくれた」
「…………」
「外殻ずらすとか」
「うん」
「私が止めるとか」
「……うん」
「美月が腹狙うとか」
「…………」
「ちゃんと分かった」
蓮が少し考える。
「……言った方が」
「うん」
「みんな」
「…………」
「動きやすい?」
「めちゃくちゃ」
玲奈が即答する。
ひなたも頷いた。
「蓮さんが見えてるものを教えてもらえると」
「……うん」
「私たちも、その情報で動けます」
「…………」
「一人で分かってるだけより」
美月が続ける。
「四人で分かってる方が」
「……うん」
「パーティーとしては強い」
「…………」
蓮がその言葉を少し考える。
「……四人で分かる」
「そう」
「…………」
「それも」
美月が笑う。
「パーティーだよ」
「……パーティー」
蓮は小さく繰り返した。
◆
討伐証明になる素材、魔石、必要なものを回収する。
そして帰路。
「蓮」
玲奈が歩きながら聞く。
「今日どうだった?」
「…………」
蓮が止まる。
また、その質問。
でも以前ほど困らない。
「……楽しかった」
「うん」
玲奈はそれ以上、すぐには聞かない。
三人とも待つ。
「…………」
蓮は少し考える。
「前より」
「うん」
「……一緒に戦えた気がする」
美月が蓮を見る。
「どうしてそう思った?」
「…………」
蓮はまた、自分の中を探す。
「俺が」
「うん」
「言ったら」
「…………」
「みんなが動いて」
「うん」
「それで」
少しだけ言葉を止める。
「……倒せた」
「…………」
「だから」
「うん」
蓮が三人を見る。
「……四人で」
少し考える。
「……ちゃんと戦えたの」
「…………」
「よかった」
美月が柔らかく笑う。
「ちゃんと伝わったよ」
「…………」
「……うん」
蓮も少しだけ頷いた。
◆
ダンジョンを出た頃。
外はまだ明るかった。
「よし」
玲奈がスマートフォンを見る。
「時間ある」
「……?」
蓮が玲奈を見る。
「何が?」
「何がって」
玲奈がにやっと笑う。
「忘れた?」
「…………」
「焼肉」
「…………」
蓮が一瞬止まる。
美月もひなたも笑っている。
「依頼終わったら行くって言ったでしょ」
「……うん」
「どうする?」
「…………」
蓮は一度考える。
そして、いつもの「うん」だけではなく。
「……行きたい」
ちゃんと、そう言った。




